壇蜜、遺体と向き合う仕事にピンときた 運命の一冊
裏切り、病気、孤独、死別、離婚、失業――これからの人生、あらゆるピンチが襲ってきます。「逆転の一冊」が人生のピンチに陥ったときの局面を打開するきっかけになることがあります。取り上げるのは、壇蜜さんの虎の子の一冊です。恩人との別れを経験した後、壇蜜さんがエンバーミング(遺体衛生保全)の仕事に就くきっかけを作ったのもこの一冊。「生きづらさ」を抱えていた壇蜜さんをどう導いてくれたのでしょうか。
「私、ムダに生きているな」と思っていた日々
―― グラビアアイドルとして29歳で遅咲きのデビューを果たした壇蜜さん。芸能界にデビューするまでには、どんな道のりを歩んできたのでしょうか。
壇蜜さん(以下、敬称略) 高校生のころは「私、ムダに生きてるな」と思っていました。なんで生きてるのか分からなかった。
小学校くらいのころから全然学校になじめなくて。小学校からエスカレーター式の女子校だったんですけど、とても厳しい学校でした。高校時代はとにかく言われたことをちゃんとやらないと、いろんなものが奪われていくような感じで。「自由は大人になってからでも得られる」「女子高生の今が一番いいときではないんだ」って自分に言い聞かせて、ルールは守って暮らしていました。自由を主張してもいいことないなって。
ちょうど「女子高生」を売りにしたビジネスが話題になっていたころ。「今しかないよ!」ってせっついてくる子たちもいたんですけれども、そういう子たちがどんどん退学になったり不幸になったりするのを見てると、それは違うなっていう思いがありました。
そんな高校時代に出合ったのが『黒鷺死体宅配便』(大塚英志原作、山崎峰水作画/角川書店)でした。
―― 「遺体の声が聞こえる」という大学生を主人公にしたかなり際どいストーリーですよね。人生をどこか窮屈に生きていたといいますが、なぜこれが「逆転の一冊」なんでしょうか。
「自分が生きる世界とは違う世界」を見せてくれた
壇蜜 自分とは違う世界の話を知りたかったのかもしれないですね。当時は男子校の話やスポーツに専念する人たちの漫画とか、ファンタジー系の小説とか、現実と違う世界の本をよく読んでいました。
『黒鷺死体宅配便』は高校2年のときに本屋で見つけたんです。最初は、大学生たちが起業しているっていうのが新鮮で手に取ったんですよね。5人の主要な登場人物たちはいろいろな異能力を持っているんです。死体の声が聞こえたり、ハッキング、ダウジング(この本の中では死体の発見)、チャネリング(同・宇宙人との交信)ができたり、エンバーミング(同・死体の修復)ができたり。
この5人は、人と人との隙間を埋めていくような仕事をしていました。すごく大変だろうけど、面白いんだろうなと興味を持ったんです。物語に自分を投影して、自分なら何ができるかなって考えてみたとき、チャネリングやダウジングは無理だけど、エンバーミングだったらできるかもしれないっていう直感はありました。
漫画の中ではアメリカに留学してエンバーマー(遺体衛生保全士)の資格を取得しているんですけど、日本でも民間の資格として認められています。この漫画を読むにつれて、自分にはこの仕事ができそうな気がしちゃったんですよね。エンバーマーになることはこの頃からずっと頭の片隅にありましたが、親に言える雰囲気ではなかった。親は大学に行って普通に就職するのが当たり前だと思っていましたから。
何の仕事も続かない…そして、恩人の死に衝撃
―― そのままエスカレーター式に女子大へ行って、卒業後は両親が望むように普通の会社に就職したんですか。
壇蜜 親の言う通りに就職しようと思ったんですけれど、全然無理でしたね。内定は一つも取れず、派遣でいろいろな仕事を転々としましたが、会社の人が何を言ってるのかよく分からなかった。調理師の学校にも通ったんですけど、自分が料理人になれる気がしなくて。
それなのに、23歳のときからバイトで始めたホステスのヘルプは「あなたはよくお客さんをつなぐわね~」って褒められました。小学生の頃からなんとなく思っていたのですが、「やっぱり私、こういう仕事が向いてるんだ」って思いましたよ。
―― 高校生のころから心の中にあった「遺体と向き合う仕事」をするようになるきっかけは何があったのでしょうか。
壇蜜 のちに和菓子工場に勤めたのですが、20代前半でとてもお世話になった恩人が突然亡くなったんです。とてもショックでしたね。大切に思っている人が急に亡くなるっていうことが衝撃で。自分の気持ちに折り合いがつかなくなって仕事にも行けなくなっちゃって。それでその仕事を放棄するようになったことが、自分でもすごく嫌でした。
この経験が「死」というものに向き合うきっかけになり、エンバーミングの専門学校に行くことにしたんです。親に「エンバーミングの仕事をしたい」と言ったら「それはあなたがやらなくてもいいことでしょ」って言われました。私を過保護に育ててきた自覚はあるんでしょうね、「そんな甘ったれた気持ちで務まるわけがない」と言われた記憶があります。でも、私には「たぶん務まっちゃうだろうなあ」という確信がありましたね。
来世は、親が心配しない人生を送りたい
エンバーミングは、すごく高度な技術が要求されますし、もちろん遺体を扱うのは簡単なことではありません。でもどちらかというと、自分はそういう世界に適性があるだろうとなんとなく分かってました。2年間通ってエンバーマーの資格を取得した後、大学の研究所で解剖助手の仕事をするようになりました。
―― 「遺体を怖い」と思うことはなかったんですか。
壇蜜 私は遺体に触れても怖いとは感じない。何も感じないんです。ただ「遺体だ」と思うだけ。だから私には向いている仕事だったんでしょうね。いろいろな仕事を試して、結局、続いたのがエンバーミングとホステス。親から「あなたがやらなくてもいいことでしょ」って言われる仕事ばっかりですよね。だから来世は頑張ろうって思ってます(笑)。来世はもっと親が心配しない人生をね。
―― でも、今はタレントとしてもテレビに出るだけではなく、雑誌に連載したり、映画や朝ドラにも出演したりするなど、幅広く活躍されてますよね。
壇蜜 いえいえ、今でも親は超心配していますよ。「いつ仕事がなくなるか」ばっかり毎日考えてるみたいです。私、どんだけ信用されてないんだよって思いますけど(笑)。薬物と脱税と不倫だけはしないでって。「三大悪」みたいなことを言ってきます。私はだいたい直感で生きてしまっていますが。
(取材・文 竹下順子、写真 洞澤佐智子、ヘアメイク カツヒロ、スタイリング 奥田ひろ子=ルプル)
タレント。1980年、秋田県生まれ、東京都出身。20代はさまざまな職業を経験し、2010年にグラビアデビュー。女優として多数のテレビ番組や映画に出演し、2013年に映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。バラエティーなどにもマルチに活躍し、新聞、雑誌などに連載を持つ。最新刊は、ネパール、メキシコ、タイを旅して各地の死生観に触れた『死とエロスの旅』(集英社)。調理師免許、遺体衛生保全士の資格を持ち、日本舞踊坂東流師範でもある。
[日経ARIA 2019年6月26日付の掲載記事を基に再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。