筋肉体操・谷本道哉さん 筋トレ三昧、最高の研究生活
筋トレ研究者・谷本道哉さんに聞く(上)
NHKの5分間番組『みんなで筋肉体操』で「筋肉は裏切らない!」などのインパクトある言葉が話題となり、筋トレブームの立役者の1人となった近畿大学生物理工学部人間環境デザイン工学科准教授の谷本道哉さん。2019年9月には『みんなで筋肉体操語録 ~あと5秒しかできません!~』(日経BP)をはじめ複数の関連書籍が発売されるなど、その勢いはとどまるところを知らない。
全3回でお届けするシリーズの第1回目では、サラリーマンだった谷本さんが筋肉に魅せられ、研究者の道に踏み込んだきっかけや、どのような考えで何を研究していったのかを教えてもらった。
――早速ですが、昔から筋トレが好きだったのですか?
谷本 小学校の頃から筋トレ好きの兄をまねして筋トレで「遊んで」いましたが、本格的に始めたのは高校の時です。高校ではラグビー部に所属し、競技力向上のために筋トレに取り組みました。
中高の頃から、大学に進学しても筋トレについて勉強したいという思いはありました。でもあの頃は、スポーツサイエンスといったジャンルの学部が今ほど確立されておらず、体育学部に入るしかありませんでした。体育学部は、体育教師を養成する体育科専門の教育学部のようなところで、筋生理学や運動力学を専門に学ぶという感じではありませんでした。医学部でスポーツ医学方面に進むことも考えましたが、血をあまり見たくないし、医師になるつもりでないのに医学部に入るのも何か違うと思い、結局は得意だった物理・数学を生かせる工学部へと進みました。
師・石井直方先生との出会い
――就職先はどのように選んだのですか?
谷本 どうせなら地図に残るようなスケールの大きな仕事がしたいというふんわりした理由で、国のインフラ系に携わる会社に就職し、トンネル設計業務に携わって毎日、日付が変わるまで忙しく働いていました。やりたい仕事をやり、筋トレは趣味としてジムに通い、大学から続けている空手も選手として続けて、週末には彼女とデートもして(笑)。ぜいたくなようなしんどいような生活を送っていましたね。
大学時代から、時間ができれば筋トレの教本や専門誌、アーノルド・シュワルツェネッガーの筋トレ指南本など、筋トレに関する書籍はよく読んでいましたが、社会人3年目ぐらいの時に運命を変える記事に出合いました。それが、ボディビルディングの専門誌に掲載されていた東京大学の石井直方先生の記事でした。
筋肉に関する生理学的な理論が非常にロジカルに説明されていて、これまで読んできたものとは明らかに内容が違いました。しかも本人もボディビルの日本王者・アジア王者という実績も出している。「何者だ、この人は!?」と衝撃を受けたことを覚えています。「この人のもとで勉強できればいいな」とすぐに連絡を取り、「大学院に入学して先生のもとで学びたいと考えています。読んでおくべき教科書がありましたら教えてください」と聞きました。
仕事→空手→筋トレ→受験勉強の1年半
――そこから受験勉強を始めるのでしょうか。
谷本 はい。それからの約1年半は今まで以上にハードな日々になりました。夜、一度会社を抜けて空手と筋トレをして、再び会社に戻り深夜まで残業。そこから1~2時間ほどの受験勉強を終えると寝るのは午前3時くらい。会社の床に段ボールを敷いて寝て、9時に起きてまた仕事、という生活でした。今では許されない働き方ですが、会社が新大阪という一等地にあったので、そこで寝泊まりするというなかなか優雅な生活を送っていたともいえますね(笑)。今思えば、倒れなくて本当によかったです。
入学試験を受ける年の春に会社を退職して上京し、現場を知るためにゴールドジムで働きながら受験勉強を続けました。そのかいあって、夏の大学院試験に無事合格でき、幸い成績もそれなりに良かったようで、奨学金ももらうことができました。そして念願の石井研究室に入ることができたのです。
――実際に石井先生のもとで勉強され、自分が思い描いていたものと比べてどのように思われましたか?
谷本 想像以上に楽しかったですよ。先生に教わり、筋トレして、実験して、研究室の仲間と議論して、天国のような毎日でした。優秀な仲間ばかりで、研究室がある体育館でバーベルを上げ下げしながら議論して、議論しながらバーベルを上げ下げして……。石井先生との共著で本を書いて研究内容をアウトプットすることもできましたし、筋トレ三昧の恵まれた環境だったと思います。
筋トレの影響(?)で動脈が硬くなった
――研究内容もどんどん変わっていくわけでしょうか。
谷本 そうですね。東大には修士2年、博士3年で計5年間いたわけですが、石井研究室に入った当初の関心は、ただただ「自分の筋肉を大きくするための研究をしたい」でした。当時は、筋肉のもとになる筋サテライト細胞が注目されていたので、運動負荷を与えたネズミのサテライト細胞をひたすら数えていました。博士課程になってからは、年を取って関節が弱くなってからもできるような、負荷が軽くても効果のある筋トレ「スロートレーニング」[注1]の研究に方向転換します。理由は、自分の肩や肘に痛みが出始めたからです(苦笑)。
その後、国立健康・栄養研究所に就職しました。配属先の室長である宮地元彦先生が、筋トレをすると動脈が硬くなるという研究をされていて、「そんな~」と思ったのですが、実際に僕も計測してみたらめちゃくちゃ動脈が硬くて驚きました。
さらに確かめようと1カ月間めいっぱい筋トレをして計測すると、もっと硬くなって血圧も10mmHg以上高くなっていました。動脈硬化度の指標であるPWV(Pulse Wave Velocity、脈波伝播速度)は、もともと70歳平均ぐらいの硬さだったのが、80歳平均ぐらいになっていて、これはちょっとよくないなと思い、動脈が硬くならない筋トレのやり方や動脈血管系機能に着目した研究を始めました。
――ちなみに、どんな筋トレをすれば動脈は硬くならないのですか?
自分が研究してきたスロートレーニングでは数値は悪くなりませんでした。あとは筋トレと併せて持久的運動をすると良いというエビデンスがたくさんあるので、研究とは別ですが、僕自身も持久的運動を取り入れるようになりました。
――どんな持久的運動を取り入れた?
自転車です。自転車を乗り始めたらふと疑問が湧きました。競輪選手は自転車ばかり乗っているのに、臀部(でんぶ)や太ももの筋肉がめちゃくちゃ太いじゃないですか。これは筋トレ理論からいうと説明しにくい現象です。今度はこれが研究テーマになります。
当時は、筋肥大には最大筋力の60%以上の負荷張力が必要と考えられていました。また、落下のエネルギーを受け止める「下ろす動作」は、筋肉痛を誘発しますが、これも重要な筋肥大の要素となります。自転車競技は1分間に90~100回転と高速で回すので、負荷張力は短距離種目でも最大筋力の20~30%程度。また「下ろす動作」に該当する局面は全くありません。でも実際に自転車選手はすごい脚をしている。なぜそうなるのか、を近畿大学に職場を変えてから研究し始めました。
――どうして大きくなるのですか?
筋肉を肥大させるためには、筋肉に強い力を与えることや損傷を引き起こすことのほかに、乳酸の蓄積などによる代謝環境も強く影響すると考えられます。エネルギー消費が大きい運動をすると乳酸が発生して、浸透圧の関係でそこに水が集まり膨れ上がります。高速でペダルを回転し続けると筋肉内が低酸素状態になって、酸素供給が少ない分、より乳酸が多量に出てきます。ももがパンパンに水膨れをする。おそらくそれが筋肥大を促す刺激の一つになっているのだろうと思います。
他にもいろいろなテーマに取り組んでいますが、こんな感じで、「その時に興味があることを研究する」というスタンスで研究を続けています。好きなことができ、本当にありがたい幸せな環境だと思います。
◇ ◇ ◇
次回は、谷本さんが新著の語録『みんなで筋肉体操語録 ~あと5秒しかできません!~』を執筆した理由や、番組内で発してきた数々の「言葉(語録)」の意図について伺う。
[注1]比較的軽めの負荷でゆっくりと動作することで、大きな筋肥大・筋力増強効果を得られる運動
(文 高島三幸、インタビュー写真 鈴木愛子)
近畿大学生物理工学部人間環境デザイン工学科准教授。1972年静岡県生まれ。大阪大学工学部卒。パシフィックコンサルタンツでトンネル設備設計に従事後、東京大学大学院総合文化研究科修士課程・博士課程修了。博士(学術)。国立健康・栄養研究所特別研究員、順天堂大学博士研究員などを経て現職。専門は筋生理学、身体運動科学。『みんなで筋肉体操』(NHK)などで運動の効果を分かりやすく解説。新著に『みんなで筋肉体操語録~あと5秒しかできません!』(日経BP)など。
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