もともと手先は器用でした。体育祭のマスコット作りのほか、文化祭では同級生とアリスの楽曲をギターで演奏したりしていました。手先が器用ということで、中学生のころ母から「中学を卒業したら、京都の小料理屋に修業にいくかい」といわれ、悪くない話だと思ったこともありました。今でも料理はしますよ。幼少期より、いろんなことに挑戦してきましたね。少年野球の投手として活躍したり、合唱団に入って大きなホールで独唱したりしたこともあります。

茨木高校といえば、校舎が老朽化していたため、1997年に建て替えられました。新校舎ができあがってから行ってみると、正門の位置まで変わっていて、びっくりしたことを覚えています。女優の前田敦子さん主演の映画「葬式の名人」(2019年秋公開)は、この茨木高校と茨木市内が舞台になっているようですね。

手先は器用でも、生き方は不器用だった。それは高校時代から変わらない。

人から強制されることなく、自分でやりたいことに熱中した日々が、その後の人生につながったと思います。茨木高校を経て、東京大学経済学部に進学、さらに三井銀行(現三井住友銀行)に入行、現在の東芝に入ってからも、10代で身につけた自立心が生きています。大人になるために通過した貴重な3年間だったといえます。

手先は器用でも、組織のなかで器用に生きることはできませんでした。誰もがやりたがらない難しい仕事を、自ら引き受けたこともあります。子供のころから強制されてやる人間ではなかったのですが、社会人になってからも根本は変わっていませんね。

そんな10代のころに養った自立心が、社会人になってからも影響したようです。冒頭で紹介したように、銀行員時代、秘書として仕えた小山五郎さんには、本当に可愛がってもらいました。小山さんは私に対して「自分も外に出たらちょっとした存在だ。だから、人前では君にかばんくらいは持ってもらおうか」と言っていました。

小山さんは私を鍛えてやろうと考えていたのでしょう。秘書というよりも、書生みたいなものでしたね。中山素平さん(元日本興業銀行頭取)、瀬島龍三さん(元伊藤忠商事会長)、後に首相を経験する政治家の方々など、多くの人物の知己を得ました。そこで実感したことは、最高の人たちは「人圧」と表現したら分かってもらえるでしょうか。とにかく存在感、人としての圧力がすごいのです。だから、相手にのみこまれないように、自らもポジションをきちんととることが重要だと、体験を通じて学びました。

(村山浩一)

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