1976年に東京大学文科2類に入学、経済学部に進学し、財政金融論を学んだ。一方で哲学書、思想書に大いに親しんだ。

高校時代と同じように好きなことに熱中しました。デカルト、カント、マックス・ウェーバーなどの輪読会を開き、仲間と議論を繰り返しました。特に駒場時代は本当にたくさん読みましたね。若い頃に哲学書、思想書に触れたことが私の人生に大きく影響しています。

「予定調和で動くことが苦手。教科書に載っていない課題を解いていくことにやりがいを感じます」と話す

なかでも哲学者・仏文学者、森有正の「経験と思想」と出会ったことは貴重な財産です。理論や合理性よりも経験や実証を大事にしたいと考えさせられました。いまでも海外のビジネススクールが説くビジネスモデルには興味がありません。あれは頭のよいコンサルタントが過去を焼き直した内容だとしか思えないからです。不確実性の高い世界にあって、予定調和に生きるよりも、自分の力で考えたことをもとに進んでいきたいのです。

10代で養った自立した考え方は、三井銀行(現三井住友銀行)に入行してからも変わりませんでした。大蔵省に派遣されてオフショア市場創設にかかわり、銀行に戻ってからも、住友銀行との合併、三井生命支援、わかしお銀行との逆さ合併、日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)買収など、さまざまな難題に取り組みました。

銀行員時代の特に忘れられない仕事が、東日本大震災後の東京電力の再建問題だったという。

関係者がとても多く、長い銀行員生活のなかでも、本当に骨の折れる仕事でした。単に会社を再建するだけでなく、被災者への賠償や電力の安定供給など、関係する事案が複雑にからみあっています。一時は再建案すらうまく作れるのか、という状況でした。この仕事は誰もやりたがらないので、自分で引き取りました。失敗するとクビ。会社員としてみれば、割に合わない仕事です。

猛烈に大変でしたが、銀行員時代に秘書として仕えた小山五郎さん(三井銀行元社長)の「人から望まれることをやってこそ」という教えにならったのです。どんな難しい局面でも「常に切り抜けられるもの」という感覚を持ってのぞめたのは、10代で身につけた自立心が原点になっているのでしょうね。

ちなみに大学卒業時に、当時の三井銀行入行を選んだのは、尊敬する大学の先輩が入っていたからです。自分の進路として、役所に入るか、大手製造業に進むか、選択肢はいくつかありましたが、決め手はその先輩の存在でした。当時の教授からは「三井銀行は中位行だ。そのうち金融再編の渦中にのみこまれるよ」ともいわれました。しかし、私自身は大きいことが必ずしもいいことだとは思っていませんでした。実際に入行してみて、フェアな社風のいい銀行だったと考えています。

子供の頃から、予定調和で動くことが苦手です。教科書に載っていない課題を解いていくことにやりがいを感じるのです。東京電力の再建に続いて、現在の東芝の再建もまさにそうですね。過去の物まねは嫌いです。自ら考えて、東芝自体がモデルになるような、東芝が研究対象になるような再建を遂げたいですね。