オペラ歌手飛び立て 池田理代子さんが貯金ゼロの理由編集委員 小林明

第二の人生、漫画家から声楽家へ転身した理由

――1995年、47歳で声楽家を目指して東京音楽大学に入学した時は「第二の人生への挑戦」として大きな話題になりましたね。

東京音楽大学の入学式で(中央、1995年春)

「40歳を過ぎた頃、更年期障害に悩まされるようになり、自分に残された時間を強く意識するようになったのがきっかけです。音楽は漫画家になる前からやりたかったけど、ずっと諦めていました。でも改めて声楽の先生に相談すると、『楽器ならもう遅いけど、歌ならばまだ間に合う』と言われたんです。声帯だけはきちんと鍛えていれば、死ぬまで衰えないらしい。だから音大で声楽を学んでオペラのソプラノ歌手を目指すことにしました」

「でも少なくとも音大に在学する4年間は漫画を描けなくなります。アシスタントを抱えていたし、生活できなくなるんじゃないかと思い、随分と悩みました。当時、事務所の社長だった妹に相談すると、『会社経営は何とかやっていけるし、給料も出せるから、ぜひ挑戦してみたら』と私の背中を押してくれたんです。そのおかげで音大を受験する決心がつきました。世界的なプリマドンナ、東敦子先生の門下生として指導を受けますが、東先生から『そんな体では歌えませんよ。まずは太りなさい』と言われたので、寝る前に食事するなど涙ぐましい努力をしながら、2年間で体重を45キロから60キロまで増やしました」

東先生の遺言、「1回の本番」「若い才能は支援で伸びる」

――声楽家に転身して得たものは何ですか。

「音大の授業では若い学生に交じってレッスンを受けます。私と違って若い生徒は上達するのが速いので、嫌でも年齢の差を感じざるを得ません。でも1年生の時から、オーケストラをバックに大ホールの舞台に立つ機会に恵まれたのはとても幸運だったと思います」

「東先生から言われた2つの言葉が今も心に残っています。1つは『1回の本番は数百回分のレッスンに匹敵する』ということ。もう1つは『若い才能はある時期に経済的支援を受けると飛躍的に伸びることがある』ということ。私が4年生の時に先生はがんが再発。卒業した年の99年に亡くなってしまわれたので、その言葉が遺言のように私の心に響きました。『若い才能のために私にそれをしなさい』と東先生から言われたような気がしたんです」

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