「新卒一括採用、明治に起源」 社会学者・小熊英二氏

――「残余型」が増えることで、社会にはどんな影響が出ているのでしょうか。

たとえ高収入を得られなくても地域コミュニティーが生活を支えてくれるのが「地元型」の特徴でしたが、地域を離れ、非正規雇用で働く人にはその支えがありません。

正社員の数は1984年も2018年も3300万~3400万人でそれほど増減がない。一方で、非正規労働者は一貫して増加。その分自営業主と家族従業者が減少している。注: 総務省「労働力調査(年平均)」から。2001年までは総務省「労働力調査(特別調査)2月調査」のデータ

雇用労働者のデータを見ると、正規労働者の数は80年代からあまり変わっていないのに対して、自営業者は減り続け、その分非正規雇用が増え続けているのが分かります(グラフ参照)。

日本では80年代以降、地域コミュニティーが疲弊し続けてきました。それにより、カイシャとムラを基本的な単位とする日本社会のしくみもまた、不安定さを増してきたのです。

――地方の人口減少や地場産業の衰退は長年大きな課題とされながらも、国は有効な対策を打てていません。地域コミュニティーを再生するために、小熊さんはどういう施策が必要だと考えますか?

他の先進国並みに税金を上げて公務員を増やすしかないと思います。日本は近代化が比較的遅く始まったこともあり、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)に地域を支える機能を頼ってきた部分が大きい。ところが今や、自営業の衰退とともに、地域で民生委員や自治会役員などをボランティアで担ってきた層が弱り、地域は不安定化しています。これから昔のような地域コミュニティーを再生させようというのは夢物語に近い。失われつつある地域社会の機能は、現場の公務員を増やすことで対処していくしかないと思います。

――本書では日本独特の雇用慣習についても考察しています。

新卒一括採用や終身雇用、定年制など「日本型雇用」の起源を調べていくと、いずれも明治期の官庁や軍隊にあることが分かりました。年功昇進と定期人事異動も近代日本の官庁から始まった慣行です。

日本の官僚制はプロイセン(ドイツ)の制度を参考に設計されましたが、両国の社会条件の違いで実際は大きく異なるものとなりました。例えば君主と官僚の緊張関係が官僚の職務の明確化や専門化につながったドイツに対し、日本では個々人の職務が明確に定められることはありませんでした。

――日本の組織の特徴について英国の社会学者ロナルド・ドーアが、「日本が独特なのは、大部分の西欧諸国では軍隊や官庁にのみ向いていると考えられている組織の型を産業にも適用したという点にある」と指摘したとの記述が印象的でした。なぜ日本でだけ、こうした現象が起きたと考えますか?

他の国の産業界にも官僚制や軍隊の影響はもちろんありました。ただ、それ以上に民間の職種別組織による地位向上や技能資格制度発展のための労働運動が強かったのです。日本ではこうした民間の労働運動の機運が高まらなかったため、官庁や軍隊の影響が強く残ったと考えられます。

――時代が大きく変わる中で、日本型雇用を見直すべきだという声が高まっています。5月にはトヨタ自動車の豊田章男社長が「インセンティブがもう少し出てこないと、終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と発言。経団連は2021年春入社から新卒一括採用の見直しを決めました。日本社会のしくみは、ようやく変わろうとしているのでしょうか。

現在進行形のことについて歴史学者の立場でコメントするのは難しいのですが、一つ言えるのは、終身雇用や新卒一括採用をやめようという声は昔からあったということ。1950年代からある。でも本質は全く変わってこなかった。

なぜかというと、そう主張する経営者側の最大の動機が「賃金コストを削る」ことで、企業秩序を根本から変えることではなかったからだと思います。しかし、コストカットを目的に正社員の雇用改革を進めると、士気が下がり、離職率が高くなってしまう。そこで経営者側は非正規雇用を増やすことで賃金コストを下げてきた。結果として非正規が増えただけで、秩序そのものは変わらなかった。

ビジネス書などの書評を紹介
注目記事
ビジネス書などの書評を紹介