ジャーナリスト・柳澤秀夫さん 「爪を立てろ」の真意
著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回はジャーナリストの柳澤秀夫さんだ。
――お父さまと性格がよく似ているそうですね。
「好奇心旺盛でやじ馬なんですね。物心ついた頃から消防車やパトカーのサイレンを聞くと、ひとりでに足が動き出してしまう。記者の仕事を選んだのは、机に向かって仕事するのは性に合わないと思ったからです」
「公務員だったおやじも、同じでした。田舎町だったので、火事が起きると市役所のサイレンが鳴る。そうすると長靴履いてどっかに走っていってましたね」
――NHK時代は紛争地域をよく取材していました。ご両親は心配だったのでは。
「言ってもしょうがないと思っていたので、カンボジアの内戦や中東など危険な地域には黙って行っていました。ただ、おやじに『犬死にをするな』と言われた記憶があります。いつどこで傷ついたり死んだりするかもしれないのだから、自分に納得できる仕事をしろ、と」
「もうひとつ、よく言われたのが『岩に爪を立てろ』。厳しい状況で仕事をしたり、身の危険を感じたりしたとき、諦めたらおしまいだから、岩に爪を立てる思いで、とことんやれるところまでやれって。そう受け止めて自分なりに仕事をしてきました」
「おやじは戦地に行き、終戦前には東京で空襲にも遭いました。焼夷(しょうい)弾から逃げ回り、地面に伏して起き上がったとき、着ていた外套(がいとう)が油で燃えていたそうです。ひょっとすると命を落としていたかもしれないと、ぼそっと言っていました。おやじも危ない目に遭いながら、生き抜いてきたんだろうと思います」
――朝の情報番組「あさイチ」を担当する前には、肺がんを患ったそうですね。
「金属バットで頭を殴られたようでした。紛争地帯で爆弾にも当たらず、地雷も踏まずにきたのになぜ、と自分を責め、ふさぎ込みました。『どれだけ生きるかでなく、どう生きるかが大切』というのが座右の銘だったのですが、がんを宣告されたら180度変わって、『少しでもいいから長く生きたい』と考えるようになりました」
「がんの手術を終えて療養しているとき、心臓が悪かったおふくろの見舞いを兼ねて田舎に帰りました。医者からもう長くないと言われたおふくろは、ベッドで天井を見ながら『もっと生きたい』って言ったんです」
「おふくろは正直だな、どんな状況でももっと生きたいのが人間なんだな。自分に重ね合わせていくうちに、『どう生きるかというのは、目いっぱい命を使い尽くすということだったのか』と思い当たりました。そのためには、諦めちゃいかん。おやじはもう亡くなっていましたが、『爪を立てろ』という言葉が絡みつくように現れて、やっとふに落ちた感じがしました」
[日本経済新聞夕刊2019年9月3日付]
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