急速に氷失う北極圏 覇権争いに米国・中国が参戦

日経ナショナル ジオグラフィック社

米軍の特殊部隊と海兵隊の兵士たちが、米国最北端のバロー岬でレーダー基地の占拠を想定した訓練を行う。レーダー基 地は、ミサイル発射やロ シア軍機の領空侵犯の追跡で重要な役割を果たす(PHOTOGRAPH BY LOUIE PALU)

「北極地域は覇権争いと競争の場になっている」とポンペオは語った。「戦略的な関与が必要な新時代に突入しつつある……この地域における我々の権益すべてに対する新たな脅威もその一部だ」

ポンペオがこう考えているなら、言うまでもなく米国にとっての問題は、一部の国々がすでに開発競争で大きく先行していることだ。

北極のフロンティア時代の始まりは、2007年8月にさかのぼる。ロシアの深海潜水艇2隻が水深4000メートルの北極点の海底に到達し、チタン製のロシア国旗を立てたのだ。その模様をとらえた画像は世界中に送信され、欧米諸国はすぐさま抗議の声を上げた。

その1カ月後には、人工衛星による観測で、北極の海氷面積が観測史上最小になったと発表された。「北極の氷の消失としては、人類の知る限り最大規模でした。最も極端な気候モデルですら予測していなかったレベルです」と、南カリフォルニア大学で国際関係学を研究するジョナサン・マーコウィッツ教授は言う。「この衝撃的なニュースで、氷が急速に消えつつあることが誰の目にも明らかになり、それに反応して動きだす国が出てきたのです」

現在ほとんどの面で、北極で優位にあるのはロシアだ。年間を通じて極北の海で活動できる世界最大の艦隊を保有し、北極圏内に何十もの軍事基地を置いている。それに比べ、北極圏にある米軍基地は、グリーンランド北部の土地を借りて建設した飛行場1カ所だけだ。

アラスカ州のフォート・グリーリー基地近くで、400人ほどの米兵がパラシュートの降下訓練を行う。厳しい条件下で統制のとれた大規模な作戦を展開するための、カナダ軍を含めた多国籍演習だ(PHOTOGRAPH BY LOUIE PALU)

さらにロシアは北方に新たに常駐部隊を派遣し、潜水艦の活動を活発化させ、北極上空に軍用機を飛ばし、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の領空にたびたび接近している。しかしマーコウィッツら数人の研究者によると、ロシアの北方における活動は、グローバルな野望よりも、国内の計画を反映したものだという。

ロシア領の北極圏には200万人が暮らし、ムルマンスク、ノリリスクなど大都市もいくつかある。カナダと米国の北極圏の人口を合わせても、その4分の1足らずだ。

ロシア経済はエネルギーや鉱物資源に大きく依存していると、マーコウィッツは説明する。そのためロシア政府は北極を「戦略的な未来の資源基盤」と位置づけているというのだ。

米国のシンクタンク「スティムソン・センター」の上級フェロー、ユン・スンによると、中国の北極進出もそれと同様に、領土ではなく、資源確保に的を絞った戦略だという。スンによれば、ロシアの石油・天然ガス事業への投資に加え、中国が特に関心を寄せているのは、新航路の利用だ。この航路を使えば、アジアの港湾と欧州の市場を結ぶ海上輸送を最大で2週間短縮できる可能性がある。

中国政府は2018年1月、北極政策に関する白書を発表した。そのなかで中国は、自国を「近北極国家」と位置づけ、他国と協力して、商業と研究調査のための新航路「北極シルクロード」を開拓する構想を明らかにしている。

米国とカナダは何十年もの間、北方の領土を開発しようともせず、そこに住む人々に投資する意欲ももたなかった。こうした姿勢はしばしば、北極圏の先住民をないがしろにするばかりか、苦しめるものでもあった。北極圏に眠る商機の可能性が語られるとき、ほぼ常に先住民は蚊帳の外に置かれてきたから、なおさらだ。

(文 ニール・シェイ、写真 ルイ・パルー、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック日本版 2019年9月号の記事を再構成]

[参考]要約して紹介した「北の果ての覇権争い」は、北極の現在を様々な角度からレポートしたナショナル ジオグラフィック日本版9月号「総力特集『北極』」の特集の1つです。ほかにも、2036年夏にも氷が消えるといわれる北極海の温暖化の行方をグラフィックで示す「氷なき北極」、「凍土に眠る炭素の脅威」、トランプ大統領の買収発言の舞台となったグリーンランドで温暖化を研究する科学者を追う「温暖化に注ぐ熱視線」、「ホッキョクオオカミと過ごした時間」など、を掲載しています。

ナショナル ジオグラフィック日本版 2019年9月号

著者 : 日経ナショナルジオグラフィック
出版 : 日経ナショナルジオグラフィック社
価格 : 1,110円 (税込み)