――なぜ副リーダーがいいのですか。

「責任がない楽しさですかね。『何で人の人生に責任持たなければいけないんだ』という気持ちがあります。例えば、僕の書いたものを見た人に『人生が変わった』と言われると、『本当にやめてくれ』と思うんです」

「『王様のレストラン』というテレビドラマの脚本を20年以上前に手がけましたけど、たまたま入った店のオーナーやシェフの人に『あれを見てこの仕事に入りました』とかいわれると、『本当に申し訳ない』と責任を感じてしまいます。もし店がつぶれたりしたときに、『あの作品のせいだ』と思われるのって、嫌じゃないですか」

「劇団の俳優は仲間なので思い入れもありますけど、そんな僕ですから『この人たちの人生を僕がこの後、責任を持ってやっていけるのか』と考えると、そんなの無理だし、本当に勘弁してほしかったです」

映画監督、やってよかったけれど…

――映画監督はリーダーではありませんか。

「監督はリーダーですね。だから本当は監督をやりたくなかったんです。僕はいまだに脚本家だと思っていますし、脚本家が監督をしているというポジション。僕が大好きな米国の監督で脚本家のビリー・ワイルダーも『生涯自分は脚本家だ』といっていました。とはいっても、やはり映画というのは監督が中心にいて、監督がリーダーとして機能していくものだとは思います」

――嫌でもリーダーの役割を果たさざるを得ないですね。

「そうなんです。本当はやりたくないけど、劇団の座長とか監督とか、流れでそうなってしまうのが本当につらい。申し訳ないです、こんな人間が監督をやっているということが。もちろんやってよかったと思いますよ。僕はコメディーをつくっていて、笑いのセンスや間など、『こうしてほしい』と思った通りに演出できるのは自分自身だと思っているので、それは監督をやってよかった点だと思います」

小学生時代から補佐役が「一番格好いい」と思っていた

「また飲み会の話になるんですけど、監督が来ないと乾杯も始まりませんし、テーブルに刺し身の大皿が出ていても誰も食べない。それが嫌なんです。それと、カルパッチョがちょっと苦手なのですが、僕が最初に取らなきゃいけないと思うと、『本当に監督やらなきゃよかった』と感じます」

「僕は何年かに1回、映画の世界にお邪魔しているだけで、映画人として劣っているので他の人より勉強しなければいけません。だから、他の人が午前8時に来るとしたら、僕は7時くらいからスタジオに入って、『今日撮る場面をどういうふうに撮ろうか』とか、一人で台本を見ながらセットを歩き回って、『こういう動きにしよう』とか、ずっと考えています」

「でも、それが助監督の耳に入ると、来るんですよ、早く。もう申し訳ないし、できれば一人にしてほしいけど、そうもいかなくて。僕は八方美人なので『皆に好かれたい』という思いがあって、嫌われたくないんです。だから、そういう立場になるのが嫌なんですね」

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どう思われているのか疑心暗鬼
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