トップは「怒らない」がいい 楽しませて物事は進める映画監督・脚本家 三谷幸喜氏(下)

――子供のときの経験で、現在につながる出来事はありますか。

「リーダーになりたくないと思った理由の一つに、僕の父親像があります。父は福岡市の中洲でクラブを数店経営していて、僕らは東京で暮らしていて、父はたまに家に泊まりに来るというイメージでした。僕が10歳のときに父は他界したので、あまり印象はないんですが、数少ない記憶の一つに、いつも家から会社に電話をして部下を叱っている光景があります。その声も覚えていますが、ものすごく怒るんです」

部下を叱る父が反面教師に

「それを見ていて、僕の父親の記憶の8割は怒っている姿になったのですが、何かそれがすごく幼心にも嫌だったのです。父に言ったことがあります、『何でいつもそんなに怒っているの』と。父がそれに対して、何と答えたかは覚えていません。でも、父の運転手さんとか会社の人は僕も遊んでもらったことがあって、そういう顔なじみの人たちが怒られているのは本当に嫌だったので抗議したんです。そのときの印象からでしょうか、人の上に立つということの大変さ、つらさが、自分の中にインプットされたのだろうというのは感じます」

「あまり人前で怒ることはない」という三谷さん。「怒り慣れていない人が怒るのって、後味悪いなと思いますね」と話す

――仕事上の失敗で、今に生きている経験はありますか。

「リーダーになったことが失敗だと思っていますからね。それはさておき、今お話しした、怒って失敗した、という経験があります。劇団をやっていたころも含めて、それこそ父親のイメージもあったせいか、僕はあまり人前で怒ることはないです。演劇の世界って、思い通りにならない俳優さんがいても、別にわざとやっているわけじゃないですし、皆いい芝居をつくろうと思っているけどうまくいかないとか、僕の思いが伝わらないといっただけのことです。別に悪い人はいないのだから、怒る理由がないと思うんです」

怒り慣れていないから、怒るノウハウがない

「それでも何回か、カッとなったことがあります。劇団の初期のころ、僕自身はあまり覚えていないんですけど。東京・新宿にあったシアタートップスという小さな劇場で、僕は本番中に客席で見ていましたが、劇が終わった後に、あまりに腹が立ったらしくて、そのまま走って楽屋まで行って、劇団員の小林隆という役者さんに、『もう僕はあなたと二度と仕事しない』と言ったらしいんですね」

「覚えていないのですけど、普段は『コバさん』と言っているのに、そのときは『あなた』と言ったというんです。僕っぽいなと思います。怒り慣れていないから、恥ずかしいけど言いたい、という気持ちで、あえて『あなた』と言ってしまう、いやらしさ。怒るノウハウがないから、すごく嫌な言い方で相手を傷付けて、そのまま僕は飛び出して行ったらしいです」

「その話をコバさんはいまだに、僕に言います。言われた方は覚えているんですよね。周りの皆も、『あの三谷があんなことを言った』と言います。言われるたびに、僕は穴に入りたくて、申し訳なくて、何でそんなことを言っちゃったんだろう、そんなにひどかったのかなと思うくらい、恥ずかしい。それは本当に、僕の中の傷になっていて、償いとして僕はずっとコバさんに、一緒に仕事しようとオファーし続けています。怒り慣れていない人が怒るのって、よくないな、後味悪いなと思いますね」

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三谷幸喜
1961年生まれ。日大芸術学部演劇学科在学中の83年、劇団「東京サンシャインボーイズ」を結成、94年に休団。90年代からテレビドラマなどの脚本家、演出家、映画監督などとして活躍。監督・脚本を手がけ、記憶喪失の総理大臣を主人公にした最新作「記憶にございません!」が13日から全国東宝系で公開。

(笠原昌人)

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