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野人・岡野さん「為せば成る」 常に動いて脱ストレス 元サッカー日本代表・現ガイナーレ鳥取代表取締役GMに聞く(下)

日経Gooday

2019/8/31

野人こと、岡野雅行さんが、ストレスをためこまないようにするために心がけていることとは?
日経Gooday(グッデイ)

1997年、翌年のサッカーワールドカップ出場を懸けたアジア最終予選のイラン代表との戦いで、死闘の末、見事Vゴールを決めた野人こと、岡野雅行さん。輝かしい栄光の後にどんなサッカー人生が待っていたのか。また、現役時代に培った経験やメンタルが、ガイナーレ鳥取のGMという仕事にどのように役立っているのかを聞いた。ケガをしないための食事内容やストレスとの向き合い方についても教えてもらった。

■自分を信じて続ければチャンスは来る

――前回記事「野人・岡野さん 大学中退からジョホールバル歓喜まで」では、ワールドカップの切符をかけたアジア最終予選という、経験したことのない重圧を背負いながら、結果を出すまでのメンタル面についてのお話を伺いました。初のワールドカップ出場を決め、重圧から解き放たれた後の気持ちの変化について教えてください。

岡野 ワールドカップに行けることになったのは素直にうれしかったです。Jリーグ発足からたった4年でワールドカップの切符をつかみ、それ以降、海外に移籍して活躍する選手が続々と登場しました。今ではワールドカップ本戦出場も当たり前のようになりましたよね。日本サッカー界がすごいスピードで成長してきたからだと思います。そんな突破口になれたのは、自分たちを信じて「何が何でもワールドカップ出場」という高い目標を掲げていたからこそだと思います。「自分たちの実力はこんなものだ」という低すぎる目標だと、超えられなかったでしょう。

そんなチーム一丸となって一戦一戦必死に戦った結果なのに、ゴールを決めた僕ばかりがクローズアップされてマスコミに取り上げられるのが、当時は本当に嫌でした。だから僕はしばらく、「ジョホールバルの歓喜」についての取材は受けないようにしていたのです。

だけどそれから年月がたち、娘が小学3年生の頃に買ってやった歴史の本に「ジョホールバルの歓喜」のことが、「地下鉄サリン事件」の後に掲載されているのを目にしました。確かにあの頃、日本国民の気持ちが沈んでしまうような暗いニュースが続いていて、「ワールドカップ出場」という久々に明るいニュースが人々を歓喜させ、内閣総理大臣からも感謝の言葉をいただきました。人々を明るくできることはやはりスポーツのすごさであり、それだけの結果を出したのだと、自分を素直に認めることができて、今はあの試合のことも講演会などで話せるようになりました。

――ゴールを決めた選手として注目を受けるのは、その後の選手生活にプレッシャーになったのでは?

岡野 プレッシャーだと感じた覚えはありませんが、ワールドカップが終わってモチベーションが続かなくなってしまいました。さらに成長するために海外でプレーをしたかったのですが、浦和レッズからOKが出ず、結局移籍はかないませんでした。さらに新しい監督に僕を使ってもらえなくなった時は、さすがにサッカーをやめようかと思ったぐらいつらかったです。

そこで僕は自ら動いて、自分を起用してくれるヴィッセル神戸への移籍を決断しました。市民の声を受けて誕生し、何もかも自分たちで準備して動くようなチームでしたが、高校時代の時に比べたら別に苦にならず、実際にプレーするうちにチームの成績も上がり、サッカーが再び楽しくなってきました。2年半ほどプレーを続けていた時、浦和レッズから異例の再移籍の打診がありました。悩んだ末、古巣に戻ることにしました。

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