読んだ本の内容を覚えていない
作家、石田衣良さん
本を読んでも、ほとんど内容を覚えていないことがあります。読書家といわれる方々の場合、どの程度記憶に残っているものでしょうか。(愛知県・30代・男性)
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ふふふ、その悩みは実によくわかります。ぼくも読んだ本の記憶は割とあいまいなほう。それどころか、同じ本を二度(なかには三度!)買ってしまい、書棚で見覚えのある背表紙を見つけてはがっかり、という失敗を繰り返しています。
史上最高のIQをもっていたといわれる物理学者マレー・ゲルマンは、一度目を通したものをすべて記憶できたといいます。
ある日、手元に読むものがなかったゲルマンは、しかたなく電話帳を読んでいました。それを見た同僚が後日、さすがの君でもあんなものまでは覚えていないだろうと賭けをします。ゲルマンは次々と電話帳の人名と電話番号を見事に諳(そら)んじてみせたのだとか。いやはや、変態ですね!
凡俗のぼくたちには、そんな記憶能力はありません。本の内容は忘れてしまうのが、当然なのです。おかげで、いい本なら二度目もたっぷりと楽しむことができる。それくらいの余裕の気持ちで、悠々と読書してください。そうそう、記憶に残しておきたいページの端を折るのは忘れないように。内容を忘れても、だいたいはそれで探しているページを見つけられます。
だいたいあなたのメールにはよくない匂いがあります。本を読んで、知識をしっかり身につけよう。できることなら、もっと頭をよくしてやろう。その手のたちの悪い邪念があると、読書にはあまりよい影響はありません。
本を読むのは習慣だし、大人なら当然の日課だから、理由など考えるまでもなく、とにかく読み続ける。読んだ分はすぐに忘れてしまうけれど、それでも気にせず読み続ける。アルベール・カミュの『シーシュポスの神話』ではありませんが、読書は果てしない徒労の努力なのです。ぼくたちの雑な頭では、すかすかのザルで知の水をすくい続けるようなものです。
それでも、あら不思議。十年二十年と続けていると、こうして新聞で人生相談に答えて小遣いを稼いだり、小説を書いたりできるようになったりもする。本当によかった!
もちろん専業作家にならなくとも、メリットはたくさん。本を読む人は会議でいい意見を言ったり、鋭い企画書を書いたり、ときには異性から博識で会話がウイットに富んで面白いと言われたりするものです。結論はひとつ、なんにも覚えていなくとも、本はひたすら読みましょう。
[NIKKEIプラス1 2019年9月7日付]
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