52歳、会社に居つつ顔二つ 部長とアクセデザイナー
今の仕事にやりがいはある。長年勤めた会社に愛着もある。転職したいとは思わない。けれど「何か新しいことを始めてみたい」「もっと自分らしさを生かした仕事をしてみたい」――そう思う人は多いだろう。花とグリーンのギフトを扱う第一園芸で店舗事業部長を務める香取邦枝さん(52歳)は、本物の植物をあしらったボタニカルアクセサリーブランド「Kunie Katori」のデザイナーという顔も持つ。香取さんはどうやって、会社にいながら、会社の中にanother STAGEを創り出したのだろうか。
店舗事業部長兼デザイナーとして活躍
花や葉、木の実があしらわれた優しい色合いのピアスやイヤリング。これらは全て、本物の植物を使ったボタニカルアクセサリーだ。自然のフォルムを生かしたデザインで、同じ植物であってもどれも表情が異なり、世界に一つしかないのも魅力。2018年3月にオープンした第一園芸の新コンセプトショップ「BIANCA BARNET(ビアンカ バーネット)」各店で発売したところ、すぐに話題となり、現在も人気商品となっている。
この植物を使ったアクセサリーを発案、デザインしているのは、現在、第一園芸で店舗事業部長として関東近郊を中心に10店舗の運営管理を任されている香取邦枝さんだ。
フラワーデザインは未経験 趣味がきっかけに
アクセサリーデザイナーとして活躍する香取さんだが、実はフラワーデザインの経験はなく、アクセサリー作りは趣味の一つだったという。「もともと絵をかいたり、何か作ったりするのが好きで。昔からマフラーを編んだり、バッグを作ったり、手芸やもの作りを趣味としてやっていました。30代後半から半貴石(メノウや水晶類など色の付いた石)などを使ったアクセサリー作りにはまりまして。仕事が忙しくなると、ストレス発散のために手を動かしたくなるんです。精神安定剤のような感じですね(笑)」
趣味でアクセサリーを作っていた香取さんは、いったいどのようにして新ブランドのデザイナーとなったのか。きっかけは、社内の部門横断プロジェクトに参加したことだった。
最年長で参加した社内分科会で提案
第一園芸は創業120周年を迎えるにあたって、企業理念にもう一度立ち返り、新しい価値を生み出すためのインターナルブランディング活動を2017年にスタートさせた。「当時、広報部にいた私は、たまたまその事務局メンバーとして参加することになりました。『感動創造企業』を目指して、私たちは花や緑を通じてどのように感動を創造していくのか。全社員からアイデアを募ったところ、新商品、新サービスの企画から、働き方改革の提案まで大小500以上のアイデアが寄せられました」
そこで、これらのアイデアをカテゴリー別に分類。アイデアを出した人たちが立候補して集まり、7つの分科会を発足させ、プロジェクトの実現に向けて検討していくことになる。この時、ファシリテーターとして香取さんが参加することになったのが、新商品企画を検討する「商品・サービスプランニングラボ」。この分科会の参加者は、香取さんを含め6人。「様々な部署から集まった男女半々の20代から50代まで、意欲ある社員ばかり。私が最年長でした」
「最初はアイデアがたくさん出ていたので、まとめるのは大変でしたね。メンバーがやりたいことを尊重しつつ、中でも実現性がありそうなものに絞りこみながら、話し合いを重ねました。私もプリザーブドフラワーを使ったアクセサリーのアイデアを出し、(対話を促す)ファシリテーターをやりながら一メンバーとして参加させてもらっていたのです」
実は、プリザーブドフラワーを使ってアクセサリーにするという香取さんのアイデアが生まれたのは、5年以上前に遡る。
趣味のアクセサリー作りが仕事に発展したとき
「プリザーブドフラワーを扱う部門に遊びに行くと、端材となった小さな花がたくさんあって。趣味のアクセサリー作りに使えるかもしれない、と捨てられる運命の素材をもらって帰ったのがきっかけです。実際に、骨董市で購入した視力検査用のメガネレンズをペンダントヘッドに見立てて端材の花と淡水パールを組み合わせて作ってみると結構、評判がよくて。『売れるんじゃない?』と言われて、テンションが上がりましたね。といってもそれは一回きりで、その後はすっかり忘れていたんです」
インターナルブランディング活動が始まり、ふと、この花のアクセサリーを思い出した。せっかくなら……と提出してみたところ、思いのほか「いいね!」という賛同者が多く、経営会議で提出する新商品提案のうちの一つに入り、「翌年オープン予定の新コンセプトショップで扱えるよう、すぐに商品化してほしい」と急きょ商品化が決定した。
「流れでそうなった、といえばそうなのですが、新規ビジネス・新商品開発では初期投資が少なく、手軽に始められるほうが実現しやすかったんだと思います。素材は既に社内にあるものですし、アクセサリーは小さいため、試作もしやすい。花と緑を広く取り扱っている弊社の強みを生かせる上、他社にもない商品で競争力もありそうだ、となったようですね」
そこから、約半年後の新店舗オープンに向けて、分科会メンバーと共に短期間で商品化を進めることになった。
広報経験を生かして社内に協力者を増やす
「本格的な商品化に向けて、分科会で『そもそもなぜ植物を身に付けるといいのか』といったコンセプトから考え直しました。そこで大事にしたいと思ったのは、自然なフォルムによって感じる癒やし。軽くて、ナチュラルで、花や葉、木の実だとすぐに分かるもの、極力自然な植物のかたちや風合いを生かしたものに共感してもらえるのではないかと考えたのです」
最初のうちは、香取さんが家で趣味の延長として試作品を製作。試作品を社内に置き、社内の様々な人たちに声をかけ、実際に着けてもらって感想をもらいながら改良を続ける日々。
「広報という職種柄、社内に知り合いが多く、いろんな人に協力してもらいました。実際に数日耳につけてもらって、チクチクしないか、色落ちしないかなど、率直なフィードバックをもらいました」
商品のデザインや生産の委託先など納得がいくまで分科会で何度も検討を重ね、2018年3月、新店舗「BIANCA BARNET」全店で販売を開始した。アイテムは、ピアス、イヤリング合わせて50種類ほど。季節に合わせて次々と新たなデザインを準備している。
デザイナーとして始動、部長にも昇格
こうして香取さんは、第一園芸の新事業「Kunie Katori」というアクセサリーブランドのデザイナーとして活動を始めた。「もうこうなると趣味の域を超えてしまい、アクセサリー作りはストレス解消にはなりませんが(笑)、デザインをするときは、趣味として楽しんでいたときの気持ちを忘れないよう、自分が欲しいもの、人にあげたくなるものをつくろう、と心がけています」
さらに、デザイナーとしての活動始動と同時に、香取さんは広報部長にも昇進した。その後、1年もたたない間に店舗事業部長を任され、これまで経験のない分野での新たなステージに踏み出している。
香取さんが属している「商品・サービスプランニングラボ」を含め、7つある分科会のメンバーは皆、メインの仕事に8割、分科会に2割の時間を割くことが許され、今も、本来の業務とは異なる分野で活動している。
中でも香取さんは「デザイナー」という新たな肩書を得て、社内で活躍するもう一つのステージを確立した第一号。年齢も立場も関係なく、アイデアと熱意さえあれば、社外に出なくても新しいことにチャレンジできることを体現したロールモデルなのだ。
(取材・文 井上佐保子、写真 鈴木愛子)
[日経ARIA 2019年6月18日付の掲載記事を基に再構成]
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