マイワシ大漁、秋の主役に 漁獲量トップ浮上の可能性
日本人にとって最も身近な魚の一つが、マイワシだ。年間を通じてとれるが、夏から秋が最も脂が乗って最もおいしい時期。今年は主産地の北海道で前年の3~4倍とれている。三陸沖や日本海側でも好漁だ。同じ青魚のサンマ、アジ、サバの漁獲が伸び悩む中、すし店や鮮魚店で、秋の主役となっている。
「今日の一押し、マイワシだよ!」。8月18日、北海道根室市の回転すし店に入ると、身が白く見えるほど脂がたっぷり乗ったマイワシが続々と回ってきた。ショウガをのせてしょうゆをつけ、口に運ぶと、新鮮な身から脂が溶け出してくる。1皿270円だ。
翌朝、日本一のサンマの水揚げ基地・花咲港(根室市)に向かうと、この時期たくさんあるはずのサンマが不漁で一匹もとれていなかった。漁師や市場関係者が通う根室水産協会の食堂に向かうと、ここでも朝ご飯は「マイワシ御前」。太った魚の塩焼きに、新鮮な刺し身、卵にご飯、お味噌汁。魚のプロたちも舌鼓を打つ。
秋を代表する魚介類といえば、サンマにサケ、ホッケ、スルメイカ……。だが近年は漁獲量が少なく、価格も上昇している。唯一、絶好調なのがマイワシだ。漁業情報サービスセンター(東京・中央)によると、全国主要港のマイワシの7月末までの総漁獲量は前年同期比で3割増。特に釧路など北海道東部では3~4倍に増えている。岩手県の釜石、宮城県の石巻を中心とする三陸沖から千葉県の銚子にかけても、水揚げ量は前年を上回る。
「資源が少ないサンマから、マイワシ漁に切り替えた漁師も多い」(根室市の歯舞漁業協同組合幹部)。水産研究・教育機構(横浜市)によると、マイワシの資源量は順調に増えており「8~12月には前年並みかそれより多いマイワシが太平洋沿岸にやってくる」と予測している。資源も潤沢で、とる漁師も増えた結果、食卓に出回る機会も増えそうだ。
8月下旬、都内の鮮魚店に行くと、5匹100円の特売になっていた。1匹130グラムほどある太ったものが1匹20円。ちょっと申し訳ないくらい安い。おいしいマイワシの選び方は「目が澄んでいて、できるだけ大きいもの」(鮮魚店店主)。店頭で内臓とアタマを下ろしてもらい、自宅で刺し身となめろうを作ってみた。刺し身は適当に切り、なめろうは薬味と味噌と一緒にたたくだけ。炊きたてのご飯にのせると、簡単なのに最高のごちそうになった。
日本でサバの次にとれている魚がマイワシだが、人気はもうひとつパッとしないようだ。総務省の「家計調査」によると、生鮮魚介類の1人当たりの年間購入量上位の1位は生サーモンを含む「サケ」。2位「マグロ」、3位「ブリ」、4位「エビ」、5位「イカ」などと続き、マイワシは8~9位にとどまっている。漢字で魚が弱いと書くように、足がはやいことが原因のようだ。
ただ、日本人ははるか昔からマイワシに親しんできた。縄文時代の遺跡から骨が出土している。平安時代の「源氏物語」の作者、紫式部もマイワシが大好きだったそうだ。当時、上流階級の間でマイワシは「卑しい」とされ、貴族はあまり口にしなかった。それでも食べたい紫式部は夫の留守中にこっそり焼いて食べ、帰宅した夫に臭いでばれて怒られた、という逸話も残っている。現代になると、漁や流通、加工技術も進化し、新鮮なマイワシが出回る時代になった。
マイワシは別名「海の米」や「海の牧草」とも呼ばれている。マグロやイカ、クジラなどのエサとなって海の生態系を支えているからだ。
小さな体だがパワー満点。ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)を豊富に含む健康食品として注目されている。骨や歯を強くするカルシウムの含有量も鮮魚の中でトップクラスだ。
料理法も多彩だ。稚魚は「シラス」と呼ばれちりめんじゃこやシラス干しに、3~5センチメートルになり魚体が銀色に光るようになると「カエリ」と呼ばれ煮干しや田作りに、5センチ以上になると「イワシ」となり煮付け、塩焼き、つみれ、マリネなどオールマイティーに活躍する、出世魚でもある。
2019年、この調子で好漁が続けばサバを抜き漁獲量トップに躍り出る可能性もある。
(佐々木たくみ)
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