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依存症治療にヒントがあった 働く人のストレス解消法 精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんに聞く(下)

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2019/10/10

ストレスを感じたときのコーピング(対処行動)はたくさん持っておくことが大事。写真はイメージ=(c)Olena Yakobchuk -123RF

斉藤:依存症は、日常の生活習慣の中から生まれてくるものです。ですから、日ごろの習慣や人間関係を見直すことはとても大事ですね。仕事以外の健康的で楽しい趣味や仲間を作ること、生活習慣の乱れを改善すること、コーピング(ストレスに対処する行動)は一つといわずたくさん持っておくことなどがポイントになります。誰の中にも加害者性が潜んでいると自覚し、ストレスの対処を心掛けてほしいですね。

当クリニックの再犯防止プログラムには、参加者が共同で行うような運動プログラムもあります。スポーツは、汗をかいてすっきりして気持ちがいいものですよね。続けるうちに、体重や食生活にも関心が出てきますし、きちんと睡眠をとろうとか、食べるものも含め自分の体に関心が向く。上達していくことで、達成感も得られます。運動は習慣を変えたい人にはお勧めの方法です。

仕事以外のコミュニティにつながった例としては、やはり性依存症を例に挙げると、痴漢常習者だったある患者は、某アイドルの追っかけという新たな趣味を見つけ「ファン同士のコミュニティでつながりができたことで、(痴漢行為以外の)生きがいができた」と語っています。「『推しメン(アイドルグループの中のイチ推しメンバーのこと)』に迷惑をかけると思うと、痴漢をやっちゃいけないというストッパーになる」とも話していました。彼にはパートナーもいますが、家族も、犯罪行為をするよりずっといいということで、応援しているそうです。

コーピングについて言うと、痴漢行為を断つ、気をそらすには、五感への刺激がとても有効で、治療の中でも勧めています。例えば、電車の中で音楽を聴くと、聴覚をふさがれるのでいざというときに逃げられない。ほかにも、メガネを外す(見えないから逃げられない)、激辛ソースを普段から持ち歩いてなめる(欲求を抑える)、普段から鈴を身に着ける(音が鳴って見つかりやすい)、匂い(苦手な匂いを嗅ぐ)、保冷剤を握る(体感に集中する)といったコーピングがありますね。コーピングが1つしかないと、引き金やリスクへの選択肢が少ないため、コーピングを複数持っていることも、実は大事なストレス対処法のポイントですね。

――これを一般の方に置き換えると、ストレスがたまったときに、買い物をするとか、お酒を飲むといったコーピングしかないと、経済的な負担や健康被害が起こってきてかえって依存症に陥りやすくなりますね。ですので、音楽を聴く、ペットと遊ぶ、散歩をする、走る、友達とおしゃべりするなど、お金がかからないコーピングやできるだけ楽しくて健康に良いコーピングを複数持っていることが、健全なストレス解消法ということになりますね。

斉藤:まさにその通りですね。

■ストレスフルな状態になる要因「SALT」を避ける

――ほかにも、日ごろからストレスを抱えやすいビジネスパーソンにとって、参考になるような対処法はありますか?

斉藤:先ほど弱さを認めることについてお話ししましたが、ビジネスパーソンの方にもできることがあります。人に頼ってみる、ということです。

私は、もともとは体育会系で、新人の頃から気合いと根性で仕事をこなしているようなところがありました。あるとき、先輩から「そういうやり方をしていると、いつかバーンアウト(燃え尽きる)してしまうよ」と指摘され、「1日3回、なんでもいいから人に助けを求めなさい、SOSを出しなさい」という課題を出されたのです。これは業務命令です。最初のうちは、とにかく苦痛で、どうやって助けを求めたらいいか分かりませんでした。でも、なんとかやっていくうちに、人に頼るスキルが身に付いてきたのです。

相談されると、人はうれしいもので、人とよい関係を築けるきっかけになります。周囲を信じて任せてみることは、重圧や孤独といった精神的なストレスから解放されることにもつながります。日本人の男性は、人に頼れない性分という人が実は多いのではないでしょうか。男性の弱みは、人に弱さをオープンにできないことだと思います。よかったら「1日3回、助けを求めること」を、ぜひ実践してみてほしいですね。人間関係を劇的に変えることができると思いますよ。

――なるほど。人間関係は、ときどき煩わしく感じることもありますが、孤独はストレスになり、人を依存に向かわせます。頼り上手、甘え上手になると、楽に生きられるようになりますね。

斉藤:加えて、依存症のスイッチが入りやすい状況には、睡眠不足などいくつかの要因があります。それらを理解しておき、日ごろから予防に努めるとよいと思います。キーワードは「SALT」です。

――SALTとは?

斉藤:スリープ(sleep:睡眠不足)、アングリー(angry:怒り)、ロンリー(lonely:孤独)、タイアド(tired:働き過ぎ/長時間労働)の4つです。睡眠不足だと、冷静な判断ができなくなる、自暴自棄になりやすい、攻撃的になりやすいなど、いつもと違う状態になることは、多くの人が体感していることだと思います。自分をストレスフルな状態にしてしまう要因は、できるだけ避けることです。

――日ごろから、体調を整えておくことは、ビジネスパーソンの必須スキルですが、依存症の予防にもなるのですね。今回は、痴漢などの性犯罪は、依存症の一つであり、ストレスと深い関わりがあることを紹介しました。こうした情報は、社会できちんと共有していきたいですね。ありがとうございました。

斉藤:最後につけ加えると、日本の社会環境が性犯罪を生んでいる現状にも目を向けてほしいですね。アジア各国から優秀なエンジニアが日本に来ていますが、その中には、日本で働いて生活しているうち、『CHIKAN』になっていく人がいるのです。個人で気をつけることも大切ですが、社会全体としては、長時間労働や満員電車を解消するといった政策もとても重要だと考えています。さらには、「痴漢は依存症であり、治療でやめられる」ということが広く認知され、痴漢行為が巧妙化してエスカレートしていく前に治療に向かう(早期発見・早期治療)、という流れになってほしいと願っています。

(ライター 及川夕子)

斉藤章佳さん
大森榎本クリニック精神保健福祉部長、精神保健福祉士、社会福祉士。アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにて、約20年にわたりアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・性犯罪・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。専門は加害者臨床で、現在まで2000人以上の性犯罪者の治療に関わる。近著に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)がある。

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