ストレスと依存症の深い関係 きっかけは日常の中に精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんに聞く(上)

日経Gooday

斉藤:ある男性は、「電車の中でたまたま女性に触れて、その温かさや柔らかさに衝撃が走った。日々のストレスの中で忘れていた、人間的な感覚が戻った」と話しています。たまたま相手は気づいていなかったために、痴漢行為が成立してしまった。まるでビギナーズラックのような感覚です。そこから毎日少しずつ“スキルアップ”し、「今日で最後にしようと思いながらも、そのスリルとリスクが織り成す一連のプロセスがやめられなくなった。それしか自分には優越感や達成感を得られる方法がなかったのかもしれません」と話しています。最初はなんとなくから始まりますが、繰り返すうちに当たり前になっていき頭の中に条件反射の回路が出来上がるのです。

普段はイクメン、どこかで優越感を求めずにいられない

――ストレスのはけ口として、痴漢がある。生きがいのようになってしまっているわけですね。とはいえ、ストレス対処法は、世の中にたくさんあります。趣味やスポーツなどで発散することは難しいのでしょうか?

斉藤:痴漢行為にハマる人の多くが、職場では過剰なまでに従順な労働者であり、家庭では真面目なイクメンだったりします。また、生活のほとんどが家庭と仕事の往復で、ほかに趣味や依存先を持たないために、実は自分の居場所がないという人も多い。彼らは、常に自分を抑えているために誰にも相談できずストレスをため込んでいます。「上司に罵倒された」「妻に無視される」「子どもが登校拒否している」などどん詰まり状態でうっぷんがたまってきたときに、自分よりも弱い存在に痴漢をすることで唯一、優越感を感じられる。支配欲や征服欲が満たされ、何ともいえない達成感を得られる。結果、ストレスが解消され自分自身のパーソナリティが安定するというわけです。それらは、「いじめ」によって得られる感覚と、よく似ています。

――痴漢行為は、いじめの構造にも似ているというのですね。もう少し詳しく教えてください。

斉藤:ストレスは負荷ですから、人間は極限まで追い詰められると、自責感にさいなまれ攻撃性が自分自身に向いたり、自暴自棄になったり、他者に攻撃的、暴力的になったりして自分自身を取り戻そうとします。

例えば、直接人をいじめないにしても、「自分は大多数のグループに属しているとき、マイノリティを批判したり差別したりすることで自分を安心させる」「優越感を覚えることで、ストレスに対処する」というような心理的なメカニズムは、多かれ少なかれ誰もが普遍的に持っています。痴漢の根っこにも、女性や弱い立場の人への支配欲、優越感があると思います。

――なるほど。冷静に考えれば、痴漢はハマればハマるほど社会的損失や経済的損失が大きい。なのに、やめられないのはそういう理由なのですね。だとしても、「自分の家族が同じ目にあったら……」とは、想像しないのでしょうか?

斉藤:痴漢をしている人の中には、「自分の身内が性暴力被害にあったら、絶対に許さない」と言う人がいます。一方で、自分自身の「加害者性」や被害者への思いは抜け落ちています。性暴力に耽溺している人たちには、自分の行為を正当化する「認知のゆがみ」があるのです。例えば、痴漢をする人は「女性専用車両に乗っていない女性は、痴漢されたいと思っている」と都合よく考えたりしています。問題行動を繰り返していると、この認知のゆがみも相関的に強化されていきます。

また、加害者の男性が被害者の恐怖を想像できないのは、男性が性の対象として消費される機会が圧倒的に乏しいからでしょう。女性ほどは性暴力をリアルに、身近に怖いと感じた経験がない。学習していないので分からないという部分もあるのだと思います。

ちなみに、万引き依存症は女性が多いのですが、主たる理由は金銭的価値のためではありません。孤独感やストレス、家庭内での性別役割分業やケア労働などの人間関係などが背景にあることが分かっています。彼らもまた、「レジが混んでいたからお金を払わないで帰った」「人生、損ばかりだから盗ってもいい」という、認知のゆがみを持っていることが多いです。

――最近では、芸能人の薬物依存がニュースになることも多いですね。私たちは、日々ストレスにさらされているわけで、誰もが依存症になり得る。依存症は身近な問題であると捉え、正しい対処法を身につける必要がありそうですね。

斉藤:おっしゃるとおりです。繰り返しますが、誰一人として「絶対に依存症にはならない」とは言えません。依存症の怖いのは、社会からどんどん孤立していくということ。孤立していくと、さらにストレスが大きくなり、それが引き金になりさらに悪循環のスパイラルから抜け出せなくなっていきます。

――ありがとうございました。次回は、依存症を予防するためのストレス対策について詳しく伺います。

(ライター 及川夕子)

斉藤章佳さん
大森榎本クリニック精神保健福祉部長、精神保健福祉士、社会福祉士。アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにて、約20年にわたりアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・性犯罪・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。専門は加害者臨床で、現在まで2000人以上の性犯罪者の治療に関わる。近著に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)がある。

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