STORY 積水ハウス vol.16

イクメン休業中でも相次いで成約、社内表彰勝ち取った「チーム営業」

積水ハウス 東京南支店 品川シーサイド展示場 店長
細川 昇さん

積水ハウスが2018年9月に運用を始めた「イクメン休業」制度は、男性社員の育児休業1カ月以上の育児休業完全取得を目指すというもの。新たな企業文化として着実に浸透し、顧客の共感の声が多く寄せられるなど有形無形の成果を挙げている。東京南支店で住宅展示場(モデルハウス)の店長を務める細川昇さん(44)は、営業の現場で指揮を執りながら自らイクメン休業を取得。リーダー自身が休むことを通じて「チーム営業」の形ができ上がり、職場の若手が育つ手応えをつかんだ。

「必達の月」に自分がいない

仲井嘉浩社長の掛け声のもと、積水ハウスがイクメン休業の導入を打ち出したのは昨年夏のことだ。2人目の子(長女)が2歳だった細川さんもさっそく、休業取得の対象者となった。しかし東京・駒沢(当時)の展示場の店長で、プレイングマネジャーとして営業を陣頭指揮する身には、休業取得は当初ピンとくるものではなかった。「休業を取りなさい、と最初に言われたとき、即座に『今期はグランドスラム賞を取りたいので休めません』と言いました」。休業どころじゃない、自分は「メンバー全員で期初に掲げた目標を達成したい」んだという、腕のいい営業としての偽らざる本音だった。

だが、制度では子どもが3歳の誕生日を迎えるまでに休業を取ることになっている。娘の誕生日は1月9日。つまり19年1月上旬までに計1カ月休む必要がある。ところが、8月から翌年1月までの下期、細川さん率いる駒沢エリアは、メンバー5人全員の営業成績で決まる社内表彰を狙ってスパートをかけている真っ最中にあった。

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プレイングマネジャーとして住宅営業に取り組む

社内の表彰制度「グランドスラム賞」は、駒沢展示場という「店」単位で、メンバー全員の契約実績と成約率によって決まる。店長には個別の目標があり、表彰を受けるには部下のスタッフもそれぞれ目標をクリアすることが求められる。また当時、同展示場は1月に新装オープンする予定の展示場への移転が計画され、12月で閉じる予定だった。最後の1カ月間はモデルハウスという「場」なしで営業に取り組まなければならず、営業の総力が問われる。そんな「必達の月」にリーダーの自分が休むのは論外だ。

4回に分けて休業取得

「展示場がクローズしたときに成績が悪いと、成績が悪いからクローズさせられたと思われるじゃないですか。それが嫌だったので、絶対にグランドスラム賞を獲得して有終の美を飾りたい、と思っていました」。そもそも年末年始を控えた追い込みの時期でもあり、それでなくても休みたくない。そんなさなかの"離脱指令"だった。

分かった。会社も完全取得を目指して本気で取り組んでいる。ならば取ろう。かくして東京エリアの店長で初となるイクメン休業の取得に向けた取り組みがスタートした。

気持ちの切り替えは早かったものの、店長が休みを取るのにどのような準備が必要なのか、最初は全く分からなかった。各店を束ねる支店長、統括営業部長、支店の総務長の4人で話し合った。「これは私がやる」「じゃあこっちの仕事はあの部門で」――。店長業務の割り振りは比較的すんなり決まった。問題は休業の取り方だ。「必達の月」に1カ月連続で休むのは現実的ではない。イクメン休業は4回まで分割取得ができる。そこで、まずは10月に4日間、11月に1日と「おためし」的に休み、残りは態勢が整った12月にまとめて取ることにした。最初の4連休を取得したのは、職場で休業の話が浮上してからわずか10日後だった。

休業中に3邸契約

結局、18年末から年始にかけて11日間、15日間と2回に分けて残りの休みを取得した。社内表彰の条件を満たすため、たとえ休業中でも店長として所定の件数の新規契約をまとめなければならない。この難題に取り組むのに役立ったのが、店長に就任して以来実践してきた「チーム営業」だ。

一般に住宅営業は顧客への営業、契約実務から、施工中の施主のフォローまで1人の営業で担当するところが多い。この方法は顧客と密接なつながりを結ぶのには適しているが、当人が休んでしまうとその間の仕事は滞ってしまう。ほかのメンバーでカバーするにも、急では関係づくりも難しい――。細川さんは店長になった12年以来、店で抱える営業案件に、個ではなくチームで対応する方法を探ってきていた。1家族、1人の顧客に対し、複数の営業担当者で対応していくやり方だ。「(店長になった)当初、私が担当する物件が多かったので、部下の教育的な意味合いも含めて、『このお客さんは一緒にやろう』とグループで取り組むようになったんです」

現在、同じ職場で働く入社7年目の社員はこの当時の新入社員だ。細川さんが「右腕」と称する"あうんの呼吸"のスタッフ。現在、働き方改革を背景に「仕事は人につける」のではなく「職場やチームにつける」という流れが強まっているが、期せずしてそれを先取りしていたとも言える。「偶然だったかもしれないですけどね」(細川さん)。

チームで当たる業務の一例に、顧客に渡す資料をつくる作業がある。営業にとっては欠かせない仕事だ。この大事な仕事も、細川さんの担当案件については休業中、この社員が代わって資料を作成。顧客のもとにも出向き、手渡しした。あるいは、住宅建築の大事な節目の一つである地鎮祭。本来は担当営業が担う司会・進行業務も細川さんの代理スタッフが取り仕切り、細川さん自身は休業中ということで長男(5歳)とともに客席で見守る――。そんなことも実際にあった。

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顧客の地鎮祭に招かれて長男と出席

結果的に、休業前に手掛けていた案件は12月中に3件が成約に。「休んでいる間も自然に数字が積み上がっていった。私が休んだことで、予想以上に若手が育ってくれたんですね」。それまで形としてはあったチーム営業の枠組みが、店長が休むことでより有機的に稼働する実感が得られたのだ。「一緒に動き、歩いて、資料をつくっているのを横で見て、とやってきました。なので、今回新たに何かを指示することはなかったですね。そこまでする必要がなかった。(復帰した)今もそうですね」。細川チームはこの期の目標だった賞を獲得し、2月に大阪市の本社で開かれた表彰式にそろって出席。浪花のグルメの食べ歩きで大いに盛り上がった。

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メンバー勢ぞろいで表彰された

支店長の支え

イクメン休業は積水ハウスとして全社挙げての挑戦だ。それだけに、陰では上司の理解と支えもあった。細川さんにとって心強かったのは、渋谷区、世田谷区など東京23区南部を管轄する東京南支店の吉川基宏支店長の存在だ。「これは私が全部指導するから」「自分采配で何とかしておくから」など、親身に相談にのってもらえたため、休みを取りやすかったという。吉川支店長は「店長と言えば業務も多忙で、課員(部下)もいますから、その面倒をどうするといった課題も出てきます。それを踏まえ、私がどのメンバーを店長代わりに見ていくかとか、ナンバー2の店次長にどこまで業務を委託するかなど、事前に取り決めをしてフォロー体制を組み立てていきました」と振り返る。

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細川さんの休業取得を支えた吉川支店長

打ち合わせ中、契約後などいろいろな段階の顧客がいる中、休業入りの段階ですでに契約に至っている顧客については、支店の設計部門やコーディネーターなど営業以外でフォローすることもできる。一方、契約前の顧客の対応は、営業の当事者以外には難しい面もある。休むこと、それがもたらす影響をお客様にいかにきちんと説明するか――。「そこは細川店長も悩み、苦労したのではないか」と吉川支店長はみる。「私たちは彼が戻ってきたときにきちんと打ち合わせに行けるよう、プランニングやプレゼンテーションの準備がアポイントに間に合うように確認することなどを心掛けていました」。店長が長い休みを取る仕組みがなかった中で、吉川さんら支店幹部も新たなノウハウを獲得。細川さんの事例を参考に動き方を組み立てたところもあるという。「店長も、もしかしたらその上の立場の者でも、(長期の休みを)取りやすい環境を作っていけるのではないかと思いましたね」(吉川支店長)。

今は「イクメン休業」で分かってもらえる

とはいえ......。住宅を買うのは「一生の買い物」に例えられる。その大事なプロセスで担当営業が長い休みを取るのは、顧客にとって不安にならないものなのか。営業としてどのように伝えるか、さぞや気を使ったのではと思いきや――。

「本当に取ってるんだ、とは言われました(笑)。テレビで見たけど、まさか細川さんだったの、って」――。会社がイクメン休業の実施を発表しました、自分も育児休業を取ります。そう伝えた際の顧客の反応だ。相手はニュース番組の中だけの話と思っていたり、社内でも条件の合う一部の人だけだと思っていたり。ただし、休むことそのものに否定的な声はなかったという。「特に工夫して説明しなくても、今の積水ハウスのお客様には『イクメン休業』と言えば分かっていただけました。いいね、って。共通言語で話ができるんです」

休業での経験は、復帰後の顧客とのコミュニケーションにも生きてくる。「床材の仕上げで『この材質はお子さんがこぼした時に拭きとりやすいですよ』とか、そういう細部に目配りした話も経験を踏まえてできるようになりました。実際に娘がたびたびこぼしていましたし(笑)」。大人の視点からの「子育て」にとどまらず、子ども自身が育つ「子育ち」の視点でも課題を見つけられるようになり、かつ、それを顧客の視点に転化できるようになったのだ。

子どもの成長が生きがい

イクメン休業を取る前は、営業マンとして仕事優先の日々だった。長男が生まれてからも、育児はほとんど「妻にお任せ」。おむつ替えや入浴も、たまにやると失敗してかえって妻の手間になることがあった。会社の制度も当時はまだ十分ではなく「正直、休みづらかった。休む考えもなかったですよね」。

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休業取得後は子育てに積極的に関わるようになった

そんな細川さんだが、休業後は全く違った見方をするようになった。「きれいごとと思われるかもしれないですが、子どもの成長が生きがいというか、かわいくて仕方がないんです。接している時間が違うと、あ、こんなこともできるようになったんだ、みたいな(発見の喜びがある)」。子どもの成長の大事な時期に休むことができたのを機に、早く帰宅したい、と思うようになった。「午後8時半までに帰れれば、寝る前に会えるな、とか。今日は直帰すれば一緒にお風呂に入れるな、とか」。そんな楽しみを手にした。「イクメン休業イコール家事を分担する、シェアする、ということだけではない。やっぱり、子どもとの時間を過ごせたというのが私の中での最大の成果なので」

上司としてともに6年半仕事をしてきた支店長の吉川さんは、休業取得後の細川さんは表情が柔らかくなった、と言う。「(イクメン休業の取得前は)お子さんについての話はあまりしなかったのが、今は話題を出してくるようになりました。たとえば『明日は遊園地に行くので休みを取ります』とか」。大いに休んでくれ、と送り出しているという。「社員がそうやって休みを取り、リフレッシュしてまた仕事に取り組んでもらう方がよっぽどいい、と私自身も分かりましたから」

社員を大切にしない会社は世の中に貢献できない

東京南支店内でも育児休業をきっかけにしたコミュニケーションが盛んになっているという。「当初は『どうしよう』という戸惑いが先行していたが、今は『どう生かしていこうか』という雰囲気に変わってきた」(吉川支店長)。東京南支店では細川さんに続いてイクメン休業を取得した店長がいるが、同様に実績を出すことができているようだ。当初は準備が急ごしらえになる面もあったが、制度が定着してきたこれからは、余裕を持って準備した上で、1週間ずつなのか、1カ月まとめて休むのか、など社員それぞれに最適な解を見つけられるようになっていくだろう。

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細川さんの休業取得で支店内の雰囲気も変化した

実際「店長が1カ月休んでも業務に差し障りがなかった」といった経験を積むことは、現場の余裕と自信にもつながる。「スタッフがハワイで結婚式を挙げるのに1週間休んだ時も、彼自身が『これとこれだけフォローをお願いできますか』と動じない。休み明けも別にバタバタしないんですよ」「イクメン休業でも、そのほかの休みでも、もう全員取った方がいい。どんどん取った方がいいと思いますね」――。細川さんはそう強調した。

家庭を犠牲にしてでも24時間しゃかりきに働く営業が求められた時代もかつてはあった。しかし今の顧客にはそんな営業のアプローチは響きにくい。吉川支店長は言う。「会社がお客様の家をお守りしていく中で、社員が元気になる制度がある会社は安心だね、と思っていただける。その積み重ねが間接的に会社の信頼につながっていくのではないかと思います。逆に、社員を大切にしていない会社は世の中に貢献できないと思います」

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イクメン休業が細川さんの仕事観も変えた

子育てと同じ

細川さん自身も変わった。「子どもを教育するのと同じようにメンバーを見ると、あんまりカリカリしてもしょうがないな、と(笑)。彼らが成長してくれたのが大きいと思いますが、休業を取って以降は、私自身もあまり昔のように言わなくなったかもしれません」。その意味では、自身は休みをもらって子どもたちと有意義な時間を過ごすことができ、メンバーも育ってくれた。地鎮祭や引き渡し前の検査・竣工パーティーに息子を連れて行けば息子が褒められる。息子にも父親の仕事の片鱗(へんりん)を見せることができた――。まさに休業は「いいとこ取り」だ。「だから、みんな取った方がいいよと、本当に思っています」

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