漫画「約束のネバーランド」 若者に響いた逆張り戦略
『ジャンプ』なのに主人公は強い女の子
『週刊少年ジャンプ』で連載され、単行本の累計発行部数が1300万部と、若者の間で大ヒットしているのが『約束のネバーランド』だ。この漫画の成功から見えてくる、今どきの若者の心をつかむ秘訣とは。同作の編集担当である杉田卓氏に、若者研究で知られるマーケティングアナリストの原田曜平氏が聞いた。
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原田曜平氏(以下敬称略、原田) 杉田君は学生時代から私の若者研究プロジェクトに参加してくれて、もう10年以上の付き合いですね。
杉田卓氏(以下敬称略、杉田) はい、その節は公私ともにお世話になりました。
原田 大学を卒業して集英社に入り、いきなり「花形」の週刊少年ジャンプ編集部に配属されて。今、編集者として携わっている連載漫画『約束のネバーランド』(原作:白井カイウ、作画:出水ぽすか)は、単行本の累計発行部数が1300万部の大ヒット。2019年1月から3月までフジテレビ系の深夜アニメ枠「ノイタミナ」で第1期のアニメも放送されました。どのような内容ですか?
杉田 物語の始まりである脱獄編は、小さな孤児院(グレイス=フィールドハウス)で幸せに暮らす子供たちが、ある日施設の真実を知り、脱獄を目指すという物語。実の母のように慕っていた「ママ(イザベラ)」は、自分たちを食肉として鬼に出荷する敵、孤児院での幸せな生活も全て嘘。そこは孤児院ではなく「食肉人間の農園」だったんですね。そんな残酷な運命を知った子供たちが、降りかかる数々の逆境や試練を友情と努力によって乗り越え、未来を切り開いていくという内容です。
アニメの第一期で放送されたのは、単行本1~5巻に当たる「グレイス=フィールドハウス脱獄編」。現在、連載3周年を迎えて単行本としては15巻、最終章に当たるシリーズを連載中です。20年にはアニメの第2期の放送も決まっています。
原田 本格的なサスペンス作品ですね。連載は16年から始まっていますが、どのような経緯でスタートしたのでしょう。
杉田 週刊少年ジャンプは、基本的に「作家育成型」の少年雑誌です。他の漫画雑誌が実績のある出来上がった先生方に連載してもらうことが多いのに対し、ジャンプは新人作家さんを発掘し、一から二人三脚でヒットを目指すことが多いです。そのため、常時、漫画家志望者からの応募を受け付けており、年間で約3000人から作品が持ち込まれています。
それを若手の編集者が手分けして読み、それぞれが才能があると思った人に連絡を取るのが最初の一歩。私が若手の時は、1日平均3人、年間で1000人弱に会い、漫画賞の応募作を含めると約2000作品に目を通していました。そうした中、13年の冬に目に留まったのが、この作品の原型になる持ち込みでした。
原田 膨大な数の作品の中で、目に留まった理由は?
杉田 年間1000本近くの作品を見る生活を何年か続けていると、本当の意味でオリジナリティーのある作品かどうかを見分ける目が養われます。大半が凡庸で似たような発想の作品なのですが、その中で見るからに異彩を放っていたのが、この約束のネバーランドでした。世界観がよく作り込まれていて、「母親が敵で、我が家から脱出する」という企画は、見るからに他とは異質でオリジナリティーがありました。
また、閉じ込められた孤児院から子供たちが脱出しようとする姿は、右肩下がりで先行きの暗い社会の中で、閉塞感、息苦しさから逃れたいと思っている今の若者たちから共感を得られると思いました。物語の設定自体が現代のメタファーになっていて、時代のムードを巧みに捉えているなと。圧倒的な逆境にあらがい、立ち向かう物語という部分も、昔のジャンプにはあったけど今はない要素で新鮮でした。そうしたいくつもの引っ掛かりがあり、直感的に「これは売れる」「世に出したい」と思ったわけです。
若者マーケは、「逆張り」が絶対条件
原田 応募作品のみならず、今のジャンプで連載中の漫画にもない異質なものを持っていた。そこにチャンスがあると。
杉田 そうです。常々思っているのですが、若者の心をつかむためには常に「逆張り」、現在の主流になっているものと全く逆の切り口で仕掛けていくことが絶対条件ではないかと考えています。今、はやっているテーマを取り上げても半歩遅いですよね。それに若者ほど新しいもの、まだ見たことないものが好きなんです。なぜ、みんな若者が相手なのに逆張りしないのか、二番煎じで無難に済まそうとするのか、僕から見れば不思議でなりません。
原田 逆張りはマーケティングの王道ですよね。タイミングよく逆張りした商品は、絶対に勝ちます。外すのが怖いから、売れている物の二番煎じや二匹目のどじょうを狙いがちですが、それは手堅い戦略ではあるものの、爆発的な売り上げは望めません。
年齢を重ねていくと変化に鈍感になり、安定を好む傾向も強まりますが、若者は嗅覚が鋭く、似たようなものが世の中にあふれる中で、新しいものが出てくるとワッと飛びつく。つまり、若者狙いほど逆張り戦略は有効であり、逆に言えばヒットさせるのに不可欠な戦略であると言えます。
杉田 僕自身、現在29歳で、新入社員時代から数年間、累計発行部数4億5000万部のメガヒット作品『ONE PIECE』(ワンピース)の担当編集者として、作者の尾田栄一郎さんから漫画の作り方のイロハをたたき込まれてきました。その尾田さんがワンピースを企画する中で意識したのも、往年の大ヒット漫画『DRAGON BALL』(ドラゴンボール)に対しての逆張りだという話をしてくださったことがあります。
ドラゴンボールは、敵とのバトルアクションやキャラクター同士のコメディがメインで、物語自体はとてもシンプルですよね。洗練されたシンプルなバトル漫画。だからこそ、明快で痛快な面白さがあります。ワンピースでは、逆にキャラ一人一人のしっかりとしたドラマや、物語にいくつもの伏線を作ることで作品に複雑さや深みを出して大成功を収めています。
その点で言うと、連載開始当時のジャンプはストーリー性よりキャラクター同士の横の関係性、キャラいじりを描くことに重きを置いたヒット作が多くなっていました。それらの逆張りとして、ストーリー性を重視した約束のネバーランドは、当たれば大きく化ける可能性があると判断したわけです。
原田 ただ、ワンピースの二番煎じではヒットは望めないですよね。
杉田 その通りです。そこで、僕たちが取った手法が、ワンピースの良い部分は積極的に取り入れると同時に、逆張りで差別化する点にも力を入れること。例えば、ワンピースは物語に伏線をこれでもかと入れて、後の展開で種明かしをして伏線を回収する構成が持ち味。その点は約束のネバーランドでも随所にちりばめています。
あるいは、連載中は毎週の一話一話の最後に、次の展開が気になる場面を盛り込み、次週もそのまた次週も読みたくなるような強い「引き」を作ることをワンピースは行っており、それも踏襲しています。いずれも今の他の漫画にはあまり見られない手法だと思います。
一方、残虐でノワールな世界観や、孤児院の敷地という狭い箱庭の中でのサスペンス、ミステリー的な要素、さらには「母が敵」という特異性はワンピースにはない部分。そもそもワンピースをはじめ少年漫画には母親は出てこないことが多いですよね。そういう意味では、元々の企画自体にワンピースの逆張りとなる要素が多い作品だったので、企画のエッジをしっかり立てるように意識しました。
一般的な若者マーケティングに当てはめるなら、こうして若者に支持を得ている絶対的な人気商品の王道の手法を取り入れつつ、逆張りの手も打っていく両面作戦が、ヒットを生む秘訣ではないかと思います。
女性を前面に出す方が、今はむしろ自然
原田 「逆境を乗り越える」というのも、若者に受けた重要な要素だと思います。
杉田 昔の少年漫画を読んで気づくのは、逆境系の作品が多いこと。それなのに今のジャンプにはないことがずっと疑問でした。では、逆境系は過去の遺物で、今の時代に受けないかというと、そうではありません。『下町ロケット』に代表されるような逆境ものの大ヒット作はありますし、『プリズン・ブレイク』など人気の海外ドラマにも逆境型作品は多い。
逆境系がいつの時代も支持されるのは、そこで人間が試される姿、頑張る姿は見ていて勇気がもらえるから。自分も逆境を描いた作品が好きだったので、いつか手掛けてみたいと思っていたところに、約束のネバーランドと出合って、まさに「これだ!」と確信したわけです。
原田 逆境系のコンテンツが世の中で減っているのは、現実の世界で若者の周りから逆境が消えてしまっていることが原因かもしれません。昔より先生の体罰や暴言が少なくなり、親や大人が理不尽に何かを強要することも減っている。そのため、書き手は現実の世界をモチーフに逆境系の作品を作りづらくなっているのが現状です。
では、どうすれば作れるかと言えば、空想の世界で人工的に逆境を設定して、それにあらがう物語を生み出すしかない。そのアプローチが見事にはまったのが、約束のネバーランドだったと思います。
杉田 確かに逆境がなくなっていますよね。今の社会からは汚い現実が過剰なほどに排除され、いわば「漂白」されて隠されている。そういった怖さも、この作品では描かれていると思います。僕や原田さんが子供の時は、たぶんもっと不条理とか人間の汚い負の部分に触れる機会って多かったですよね。
けれども今は、それらが一掃され、若者は子供の時からきれいな世界だけを見せられています。だけど、覆い隠された裏は結局汚いままで、表面上見えないようにしているだけ。若者も生活の中でそれに当然感づくわけです。僕たちよりも衝撃的に。その時の「大人や社会に騙されていた」みたいな感覚が、約束のネバーランドでは母親や世界に子供たちが裏切られていた感情にうまくメタファーされているように思っています。それも、若い世代に受けた理由かもしれません。
原田 少年雑誌なのに、主人公が活発で強い女の子(エマ)という点も、いかにも現代的です。
杉田 主人公の女の子は、本当に皆をぐいぐいと引っ張っていく、昔の概念で言えば男性的なタイプです。今の30代以上にとっては違和感を覚えるかもしれない設定ですが、子供たちや若者は、むしろこうしたリーダーシップのある女の子の方が受け入れやすいかもしれません。
そういう意味では、弱い男の子も出てくるし、逆に仲間を助けるために自分の髪をバッサリと切るような「男前」の女の子も登場します。マチズモ(男性優位主義)がないことは今の若者たちの特徴で、ユニセックスや性的少数者(LGBT)にも共感を示す世代。「男は男らしく」と思っている世代とは、全く異なる男女観だと思います。
米国ではハリウッド映画の『ワンダーウーマン』が大ヒットするなど、女性が前に出てくることはむしろ自然と捉えられてますし、日本の若者マーケティングを考える際も、ジェンダー観の変化は大切な要素かもしれません。
原田 約束のネバーランドは、主人公だけでなく、サブキャラクターも重要な役割を担っているのが特徴。「絶対的な主役」が存在せず、サブキャラにも光を当てている点に、若者たちが共感しています。これは今どきの漫画全体の傾向だとは思いますが……。
杉田 そこは、言ってみればSMAPの『世界で一つだけの花』的な世界観。誰もがオンリーワンで、それぞれに意味や価値、役割がある方が、今の若者は受け入れやすいと思います。漫画のみならず、アイドルでもAKB48や坂道系の欅坂46、日向坂46など、若者向けでヒットするコンテンツは大半がそうした設計になっているように思います。
原田 ただ、逆張り理論で言えば、圧倒的な存在感を持つスーパー主人公が次のトレンドになるのでは?
杉田 まさにおっしゃる通りだと思います。というか、実はスーパー主人公が登場する作品は、世の中には徐々に出てきています。例えば、最近のヒット作『響 ~小説家になる方法~』(作者:柳本光晴)は、めちゃくちゃ強い女子高生が主役です。僕自身も、カッコよく圧倒的に強い主人公が好きなので、次は圧倒的な主人公が活躍する作品も担当してみたいですね。子供たちや若者に、今まで見たことがない漫画に出合う体験を提供できるように、今後も頑張っていきたいです。
(ライター 高橋学)
[日経クロストレンド 2019年8月9日の記事を再構成]
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