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キャリアの原点

訪問看護のナイチンゲール 道は姉の看取りで始まった マギーズ東京 共同代表理事 秋山正子さん(上)

2019/9/3

――起業しなければならなくなったのはなぜですか。

「2001年、佐藤先生の診療所の医療法人である春峰会が、理事長と院長が相次いで病に倒れて閉鎖せざるを得なくなったのです。一事業だった訪問看護も、当然業務を続けることができなくなってしまいました。しかし、目の前には60人ほどの患者さんとそのご家族がいて、私たちの訪問を心待ちにしている。患者さんを10人ずつ別々の病院に託すとか、自分たちの事業をそっくりそのまま買ってくれる病院がないかとか、道は探りました」

■融資を断られ、夫が連帯保証人に

「当時、訪問看護は看護師6人のチームでした。同じ志で頑張って来たメンバーは全員、『退職金をもらってさようなら』とは思えなかった。目の前の患者さんたちに、今までと同じように看護を提供したいと考える人ばかりだったのです。そのためには起業するしかありませんでした。たまたま2000年に介護保険法が施行され、営利企業も訪問介護を事業にできるようになっていました。そこで思い切って同年、ケアーズ白十字訪問看護ステーションを起業しました」

マギーズはガン患者とその家族が、いつでも専門家に相談したり仲間と話したりできる場所だ

「あの頃を思い出すと、背水の陣という言葉しか浮かびません。春峰会の閉鎖の期日は決まっているけれど目の前に患者さんはいる。たまたま私は起業のリーダーになりましたが、それは目の前の仕事をみんなでなんとか分担した結果論でしかありません。とにかくお金がないから銀行に融資を頼みに行っても女性ばかりで断られ、夫に連帯保証人になってもらったり。最初は自転車操業でしたね」

「ケアーズ白十字訪問看護ステーションは当初、東京の市ヶ谷を拠点にスタートしました。その後、都内の東久留米市に閉所の危機にあった訪問看護ステーションがあると聞き、系列化しています。現在、拠点は2カ所で、看護師約50人で訪問看護事業を展開しています。訪問看護は後進の若い看護師たちに任せられるようになりました」

「そんな矢先に、新たな出会いが待っていました。それがマギーズです」

(下)がん患者の家「マギーズ東京」 つぶやき続け得た同志 >>

秋山正子
1950年秋田市生まれ。73年聖路加看護大を卒業、京都で看護師・助産師として働き始める。92年東京の医療法人春峰会の白十字訪問看護ステーションで訪問看護を開始。2001年医療法人の廃業に伴いケアーズ白十字訪問看護ステーションを起業、代表取締役に。11年マギーズの理念を取り入れた「暮らしの保健室」を東京・新宿に開設、16年NPO法人マギーズ東京を設立。

(藤原仁美)

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