「社員の笑顔」がトップの責務 西郷隆盛の遺訓に学ぶピジョン 山下茂会長(上)

ピジョンの山下茂会長
ピジョンの山下茂会長

育児用品大手のピジョンは主力の哺乳瓶で8割前後の国内シェアを持つなど、圧倒的なブランド力を持つ。少子化の影響を見越して国内市場にとどまらず、早くから中国など海外市場の開拓に取り組み、2018年1月期には連結売上高が1000億円を超えるまでとなった。あえてベビー用品にターゲットを絞り込む戦略で、いかに成長を導いてきたのか。4月に会長に就任した山下茂氏(61)に聞いた。

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――13年から社長として、売上高を約400億円増やすなど業績を拡大させてきました。

「実は私はリーダー的な人間ではありませんでした。小学校から大学まで、学級委員や生徒会長など、リーダーらしい経験をほとんどしていませんし、会社に入ってもそうでした。幼なじみは私が社長に就任したと聞いて、びっくりしたほどです」

「そんな私がピジョンの社長になった最大のきっかけはタイ工場の社長を務めたことです。それまでは海外営業一筋でした。仕事は楽しかったのですが、タイ工場社長として、小さいとはいえ経営に関わって初めて、会社を黒字にする大変さや、現地採用の人も含めて社員の協力を得ることの大切さが身にしみました。そのときから本気で、自分らしいリーダー像について考え始めました」

――タイ工場を任されたきっかけは。

「入社して15年以上たったころのことです。米国出張から帰ってきたら、部長が『大変なことになった。タイで新しい土地を買って工場を建てるプロジェクトの担当になるよ』と言うのです。私じゃ到底無理だと思って、辞令がでる前に当時の2代目社長の仲田洋一(現取締役最高顧問)に断りに行ったら、私の話は全く聞かず、自分の思いを語り続けたんです。『あなたはずっと営業で頑張ってきたけれども、営業だけでは経験が足りない。会社の経営もやってみなさい。工場の社長なので、販売は心配しなくていい』と。私も何をどう思ったのか『わかりました、やらせていただきます』と口にしちゃったんですね」

タイの社長就任、すぐ大赤字

――タイ工場は順調でしたか。

「大苦戦しました。1997年1月にタイへ異動して2月に社長になり、6月に工場が稼働、7月にアジア通貨危機が起きたこともあって大変なスタートでした。当時のピジョンの売り上げが321億円で営業利益が18億円、タイ工場の投資額は10億円以上です。最初の年はタイで2億円の赤字を出して、ピジョンの業績まで下方修正しました」

「母乳パッドとおしりふきをOEM(相手先ブランドによる生産)で作っていたのですが、歩留まりを改善させるなどして問題ないレベルに持ち直しました。ただ、海外の販売比率が低く、売り上げが立たないので、日本国内で販売させてほしいと仲田社長に言ったらダメだと拒否されました。『国内には協力メーカーがいて競合してしまう。あなたは海外で営業をずっとやってきたから、ピジョン以外にどんどん売って回れ』と言うのです。前に聞いたこととちょっと違うなと思いましたが、世の中ってそういうものです」

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