目を合わせるのが苦手です
女優、美村里江さん
人と目を合わせるのが苦手です。話すときに相手の目に注意がいって意識が散漫になり、コミュニケーションに疲れてしまいます。相手が親族であっても、美容師さんでも、壇上にいる講師の方でも同じです。自分も相手も気持ちよく対話できる視線の置き方、目を合わせなくても互いの立場を損なわずに対話する方法はありますか。(神奈川県・20代・女性)
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変なところから入りますが、相談文の最後がとてもいいですね! 「互いの立場を損なわずに対話する方法」。これを真剣にお考えになられている相談者さん。相手の立場を思いやる心遣いが素晴らしく、もう回答は目の前にあると感じます。
さて、「目線」は役者の芝居にとっても大変重要なものです。例えば同じ台詞(せりふ)、同じ言い方でも、目線をどこに置くかで印象はがらりと変わります。「芝居は同じで、目線を少しだけ上げてください」なんていう監督からの指示も普通によくあります。眼球の移動幅でいえば微々たる世界なのですが……。
では視線の不思議について考えてみましょう。
実は「真っすぐ対象を見る」というのは、少し動物的な行為です。野生動物の警戒シーンを思い出してください。毛が逆立ち、耳が立ち、思い切り目を見開いて警戒方向を見ているのが思い出されると思います。
人はどうでしょうか。駅などで暴れている人を見て危険を感じたら、そちらを見るでしょうか。たぶん、「意識的に見ない」ですね。目が合ったら困るからです。人の視線には情報が詰まっていて、ほかの動物の「見る」以上に意味があるのです。
「時と場を選ばず、常に真っすぐ人の目を見る」という芝居は、日常生活が困難なほど不器用な人か、常軌を逸した能力の持ち主などを演じる場合にしか使えないと思います。普通の生活ではそこまで相手の目を直視しないので、芝居でやると不自然になるはずです。
そうです。相談者さんはむしろ「目を見ようとしすぎ」なのです。目線は相手の顎や喉元で十分ですし、視線を送らずとも笑顔でうなずく、声に出して相づちを打つといった丁寧なしぐさによって、「あなたの存在に心を傾けていますよ」と、相手に快く伝わると思います。
逆に、ここぞというときに目を見て言えば、いつもより強いメッセージとして相手に伝わります。無言の以心伝心すら可能です。いつも目を見る必要はないので、重要な時だけ視線を味方にして、上手(うま)く使ってくださいね。
[NIKKEIプラス1 2019年8月24日付]
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