そう言いながら佐藤さんは、ヤマメの口を開き、川の水を入れた洗浄ボトルから大胆に注水した。口の中から黒っぽいものが一気にあふれ出してきた。胃内容物だ。
「出ましたね。カマドウマを食べてます。これ、足が残ってますね」
おおっ、本当だ。あまりにあっけなく出たものだから、拍子抜けだ。
ヤマメは、この時期、カマドウマを食べている。動かぬ証拠が出てきた。
これにて、寄生虫ハリガネムシを中心にした生態系フルコースを堪能させていただいたことになる。
実は、佐藤さんが渓流に入り、魚を採集しはじめてから、気づいたことがある。
佐藤さんが、めちゃくちゃ楽しそうなのである。
カマドウマを扱う時にはあからさまに、ハリガネムシについてはほんの少し、「なんか変なものを扱っているよなあ、オレ」という雰囲気が漏れ出していたのだが、渓流魚については、もう好きで好きで仕方がない、という様子だ。
そもそも、佐藤さんは、幼少時に渓流でみたサケ科の魚の魅力に導かれて、この道に足を踏み入れた経歴の持ち主なのだ。
「僕は生まれたのが大阪で岸和田とかだったんで、川なんか汚かったんですが、両親にたまに連れて行ってもらう山奥の川で、ヤマメかアマゴを見たんですよ。記憶ははっきりしないんですが、ものすごいきれいやって感動して。やっぱりきれいなもの見ると憧れるみたいなことがあって。そのあとずっとサッカーしてて忘れてたんですが、大学は水産学部で4回生になると、卒論をどうしようかと思った時に渓流魚の研究したいなと思ったんです。渓流魚やったらのめり込んでできるかもと思って」
実際に渓流魚の世界にのめり込み、紀伊半島の山間部に生息している在来イワナの保全研究で博士号を取得した。川の最上流に数百匹という数でしか生息していないもので、それが今後どのような運命をたどるのか、守るためにはどうしたらよさそうかといった研究だ。
ハリガネムシやカマドウマに目が行ったのも、渓流魚の研究からだった。
「──渓流魚の保全の研究をしていると、陸の虫をどれぐらい食べてるんやろうとか気になって、サケ科の魚を捕まえては食べたもの吐き出させて調べてたんです。すると、本州で調べていた川のほとんどで、秋になると今日みたいにカマドウマを吐き出しまくったんですよ。最初は気持ち悪くて、そのときのフィールドノートには『またカマドウマ』とか、『カマド』とか、『溶けてるカマドきもい』とか(笑)、いろいろ書いていたんですけれども、そのうち、はて、これはおかいしいぞと思って。カマドウマって羽がないですし、偶然川に落ちるっていう理由がどうしても思いつかなくて」
「──それでさらに見ていくと、カマドウマと一緒にひもみたいなやつが出てくるんですよ。ハリガネムシやったんですけれども、これなんやろと思うようになって、ちょうどその時にナショナル ジオグラフィックの映像に出会ったんですよね。コオロギのお尻からひもみたいのが出ているやつです。ハリガネムシに操作されて飛びこんだコオロギが水域の捕食者、魚とかカエルとかに食べられる。ハリガネムシは一緒に食べられると死んじゃうけれど、うまくいけばクネクネと動いて出て行くみたいで、ああ、これか、と思ったわけです」