ラグビーの力はすごい ようこそ海と山のスタジアムへ
釜石の高校3年生 洞口留伊さん
ラグビーファンとしては、いま最も有名な高校生だろう。1年前、東日本大震災の被災地に新設されたW杯の会場の一つ「釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム」のキックオフを宣言。世界の支援への感謝を伝える動画集なども高校生仲間とネット発信してきた。7月27日、その釜石で日本代表は2019年最初の試合に臨み、フィジー代表に快勝。令和の日本ラグビーは釜石での勝利から始まった。
――地元で日本対フィジーの試合が開かれました。感想を。
「まず鵜住居のまちに、あんなに人が集まったのがうれしくて。自分の経験では初めてだったので、ラグビーの力はすごいな、と。日本代表が勝てたこともうれしかった」
「(日本の主将である)リーチ・マイケル選手が途中で出てきたときの盛り上がりがすごくて。ひとりの選手に対して、みんなが拍手を送る雰囲気も、すごくいいなと思いました」
――前回イングランド大会の日本対スコットランド戦を、地元ロータリークラブの中学生派遣事業で観戦されています。4年前、どうして応募されたのですか。
「釜石がラグビーのまちというのは知っていたんですけど、それまで試合を見たことも、やったこともなかった。ラグビー経験のある家族もいません。それでも、ラグビーW杯をきっかけに釜石の復興に携われるなら、その一員になりたいと思ったんです。W杯がすごいイベントだということは知っていて、それが日本や釜石に来るのが決まったのなら、自分も何かしたいな、と」
――人生初のラグビー観戦がW杯。その大会で日本が敗れた唯一の試合でしたが、どうでしたか。
「最初は雰囲気にちょっと圧倒されたんですけど、盛り上がっていた周りのサポーターが一緒に応援しようと声をかけてくれたので、楽しめました。ルールは全然わからなかったんですが、選手がトライを決めたり、スクラムを組んだりしたときの姿は、どっちのチームもかっこよくて。ルールがわからないのに面白いと感じたのは、すごいことだと思います」
――ラグビー選手のイメージは。
「ほんとにおっきいなと思うんですけど、それでも互いに体を張ることを恐れないで戦う姿勢がすごくかっこいいと思います。それ以上なのがノーサイドの精神。試合の最後(に互いをたたえ合う姿)を見ると、優しいというか、紳士的といった感じがします」
――話題となった新スタジアムのキックオフ宣言を含め、釜石を盛り上げる活動を続けています。原動力は何でしょうか。
「震災を経験していることと、イングランドに行ったことが大きいと思います。震災後、世界からたくさんの支援をもらい、自分は高校にも入れて、勉強を続けられる環境にいる。そのことへの感謝を伝えたい気持ちがあります」
「イングランドでは現地の方々が、日本語で『こんにちは』と話しかけてくれたり、一緒に『君が代』を歌ってくれたりして、うれしかった。中学生だったし、初めての海外はちょっと怖かったんですけど、安心できました。その感謝の思いも、釜石で人々を温かく迎えることで届けたいと思っています」
――釜石でのフィジー戦の際は、スタジアムまで最寄りの三陸鉄道リアス線鵜住居駅からどう歩けばいいのか、ネット動画で伝えていました。来場者の反応はどうでしたか。
「『おかげでここまで来られました』という人もいてくれたので、よかったです。高校生は(19年3月末時点で18歳以上が対象となる)公式ボランティアにはなれないので、自分たちにできるのは何だろうと考えました。高校生ならではのアイデアによる事前の情報発信で、当日の混雑をやわらげるといった活動はできると思います。W杯本番に向けても、一緒にイングランドに行ったメンバーで何かしたいと話し合っているところです」
――釜石の新スタジアム、自慢してください。
「私はイングランドのスタジアム、味の素スタジアム(東京都調布市)、秩父宮ラグビー場(東京・港)に行ったことがあるんですけど、スタジアムをはさんで海と山があるのは、釜石だけです。メインスタンドの高い位置から見て、観客席の向こうに海があるのは、きれいだなぁと思っています」
「同じ場所に(津波で被災した)鵜住居小学校と釜石東中学校があったことを伝えるために、(メインスタンド中央の)時計は、デジタルじゃなくて、学校にあったのと同じような円く数字がついたものになっています。通っていた者としてはそれもうれしいです」
――釜石ではフィジー対ウルグアイ、ナミビア対カナダの試合があります。とくに応援してるチームはありますか。日本代表へのエールも。
「全部応援したい。とくにフィジーはこの前も来てくれたので。スクラムユニゾン(出場チームの国歌などを覚えて来場者をもてなす団体)の方々が開いてくれたフィジー国歌の練習会にも参加しました。日本代表には、いっぱい勝ってもらって、優勝してほしい」
――今の釜石にとってラグビーはどんな存在になっていますか。
「復興にものすごい力を与えてくれる存在なのかなと思います。やっぱりW杯が来ると決まってから、釜石がひとつの目標に向かって団結して、復興のスピードも速くなったように自分では感じています。W杯の後も大切で、ラグビーの人気が衰えないように地域が一緒になって盛り上げて、街がもっと良くなるといいなと思っています」
――ご自身について、どんな将来を考えていますか。
「キックオフ宣言などを通して、自分は『伝える』ということが好きなんだな、と思いました。災害が起きたときに逃げ遅れる人が出ないよう、自分で的確に判断して、発信できるアナウンサーになりたいと思っています。大学でも『防災』を学びたいと考えています」
2001年(平成13年)9月、岩手県釜石市生まれ。鵜住居小3年のとき東日本大震災が発生、津波の襲来前に校舎から高台に避難したが、隣接する釜石東中を含め学校や自宅は被災した。18年8月19日の釜石鵜住居復興スタジアムオープニングイベントで「わたしは、釜石が好きだ」に始まるキックオフ宣言「未来への船出」を発信。県立釜石高校ソフトボール部では投手兼捕手。現在は大学入試に向けて勉強に励む3年生。
(聞き手 天野豊文 撮影 岩田陽一)
洞口留伊さんの釜石鵜住居復興スタジアム キックオフ宣言「未来への船出」(https://www.facebook.com/rugbyworldcupjp/videos/290647705053533/)はこちら
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