演奏会形式上演に集中するパーヴォ・ヤルヴィ
もちろん、現代の視点の「読み替え」を好まない観客は存在する。ベートーヴェンの音楽だけを素直に味わいたいとのニーズが根強い結果、世界的にも舞台上演と並ぶ頻度で演奏会形式の上演が繰り返されてきた。N響首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィは「イタリア歌劇を好むオペラファンが、自分たちの思っているオペラと違うと感じるのは理解できるとしても、この作品自体が弱いという話は聞いたことがない」と、「フィデリオ=失敗作」説に反旗をひるがえす。
ただ「どの時代に置き換えても共感できる内容を備え、人類の普遍的な真実をテーマに掲げ、恐怖も愛もレジスタンス(抵抗)も理想も善悪もある」と擁護したうえで、「ベートーヴェンは交響曲の大家だけに、『フィデリオ』のオーケストラ・ピットのためにも最高の管弦楽を書いた」との理由から、「この作品が演奏会形式で上演されるのは意義深い」と考えてきた。
2013年にN響と同じく首席指揮者の責にあるドイツ・カンマー・フィルハーモニーとの日本ツアーの期間中、横浜みなとみらいホールで演奏会形式上演を2回指揮。今年(2019年)もオーチャードホールでN響を2回指揮した後、来年の生誕250年にはチューリヒ・トーンハレ管弦楽団でも「フィデリオ」の演奏会形式上演を予定する。パーヴォは日本でドイツ・カンマーとの交響曲全曲(第1~9番)演奏を成功させた実績で十分と判断したのか、2015年にN響首席指揮者に就任して以降、ベートーヴェンの交響曲は1度も手がけず、「ヴァイオリン協奏曲」と「プロメテウスの創造物」序曲を指揮しただけだった。
今回はアドリアンヌ・ピエチョンカ(ソプラノ=レオノーレ)、ミヒャエル・シャーデ(テノール=フロレスタン)、ウォルフガング・コッホ(バリトン=ドン・ピツァロ)、フランツ=ヨーゼフ・ゼーリッヒ(バス=ロッコ)、モイツァ・エルトマン(ソプラノ=マルツェリーネ)と世界の歌劇場でそれぞれの役を歌い込んできた名歌手をそろえ、鈴木准(テノール=ジャキーノ)、大西宇宙(バリトン=ドン・フェルナンド)を配した理想のキャスティングで「N響とのベートーヴェン」を堪能できる好機だ。
昨年のカタリーナ演出の舞台で絶賛された新国立劇場合唱団(冨平恭平指揮)との共演も、聴きどころの1つといえる。
(音楽ジャーナリスト 池田卓夫)