がんになっても働き続ける できることから試行錯誤
がんになっても働き続けたい~高橋都さん(下)
がんと診断された後も、働き続けたいと考える人は多い。収入を得られるだけでなく、仕事をすることで、社会とのつながりが感じられたり、生きがいを得られたりするからだ。とはいえ、がん患者が仕事と治療を両立できる環境は十分に整っていない。がんになった後も、安心して働くためにはどうすればいいだろうか。
自身もがんになったライター、福島恵美が、がんになっても希望を持って働き続けるためのヒントを探るシリーズ。前回「働き続けたいがん患者 医療・職場の情報共有で支える」では、国立がん研究センターがん対策情報センターがんサバイバーシップ支援部長の高橋都さんに、がんと就労の問題における課題を聞いた。後編では、治療と仕事を両立するための職場での工夫や患者の心構えを伺う。
まずは話をしやすい職場の雰囲気づくりを
――高橋さんは、国立がん研究センターがん対策情報センターの「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」プロジェクトの中心メンバーとして活動されました。これは2014年から始まった、がんに特化したビジネスパーソン向けのウェブサイトで、治療と仕事を両立した方々や支えた職場関係者が事例として紹介されています。このプロジェクトの集大成として2019年5月に「がんになっても安心して働ける職場づくり ガイドブック」大企業編、中小企業編ができました(ウェブ上でダウンロード可。https://ganjoho.jp/pub/support/work/index.html)。ガイドブックは企業向けに作成されたのですね。
経営層や人事・労務担当者向けのガイドブックです。サイトと連動したかたちで、5年間のプロジェクトのエッセンスをまとめました。
これから取り組もうとする人事労務担当の方は、まず「どういう制度を作ればいいか」をお考えになることが多いようです。ただ、このプロジェクトに参加し、ガイドブック作りにも協力してくださった企業関係者の方々の間では、「制度を作るよりも前に、話をしやすい職場の雰囲気づくりが大事だ」という声が多く挙がりました。がんは労災ではなく私傷病[注1]ですから、病気と分かった従業員が病気を職場に伝えることを前提として、職場のいろいろな対応が始まるからです。まずご本人から職場に相談してもらうことが第一歩なのです。
とはいえ、がんと診断されたことは、なかなか言いにくいものです。けれども、職場に普段から話しやすい上司がいたり、相談できる窓口があったりすれば、病気を伝えるハードルが少し下がるでしょう。
社内に味方を見つけて状況をうまく相談する
――「がんと共に働く」プロジェクトで事例として紹介された方たちは、治療と仕事の両立をするのに、どのような工夫をされていたのでしょうか。
ご自分の病状を、職場の人たちによく説明していると感じました。治療経過によって通院の頻度や体調などが変わっていきます。状況が変わるたびに、細やかに説明している方が多かったですね。
そして、社内にご自分の味方を見つけて、あるいは味方をつくって、うまく相談なさっているとも思いました。社内には社長、人事・労務担当者、上司、同僚などいろいろな立場の人がいますが、そのときどきで、相談する相手をよく選んでおられました。もちろん、職場の誰にどこまで話すかは人それぞれの判断で、病気をまったく隠さない方もいました。
皆さん、最初からうまくいったわけではありません。一度でうまくいかなくても諦めず、時間をかけて説明し、周囲の理解を得ている。試行錯誤しながら、治療と仕事が両立できるように取り組んでおられるのが印象的でした。
配慮してほしいことは患者本人から伝えよう
――働いているがん患者さんから、「職場には病気のことを話しにくい」という声をよく聞きます。
[注1]労働者のケガや病気のうち、業務に起因しないものをいう
仕事をする上で、職場にまったく配慮してもらう必要がなく、有給休暇を使うだけで手術などの治療を乗り越えられるのであれば、病気のことを言う必要はないかもしれませんよね。実際にそういう方もいます。
ですが、もし職場に分かってもらいたい事情や、配慮してほしいことがあるなら、ご本人はどこかで覚悟を決めて状況を伝え、配慮を引き出したほうが、長期的には心身ともに楽ではないでしょうか。何も言わなくてもうまく察してもらって配慮を得るというのは、残念ながら現実的ではないと思うのです。誰だって言いにくいですよね。言いにくい病気の話だからこそ、先の「話をしやすい職場の雰囲気づくり」が欠かせないのです。
働く意欲、能力のある人を辞めさせたくない
――患者としては、配慮してほしいことを職場に伝えた後、勤務時間などを柔軟に対応してもらえるのが理想です。
状況が分かれば、職場も対応が考えやすくなります。もちろん、会社には就業規則がありますから、そこからあまりに逸脱した対応は周囲の理解が得られないでしょう。また、労働者は事業主と労働契約を交わし、仕事の対価としてお給料をもらいます。契約上求められた仕事をどうしても長期的に全うできず、配置転換先もないときには、残念ながら雇用継続が難しいこともあるかもしれません。
ただ、患者さん本人が、医療者のサポートも得ながらご自分の希望や病状をよく説明することで、そして職場側もご本人の話をよく聞くことで、対応のアイデアが出てきやすくなると思います。
私としては働く意欲、働く能力のある人が、がんになったというだけで、個別の事情を聞かずに辞めさせられることだけは阻止したい。そう思って研究しています。
がんと仕事の両立が当たり前の社会に
――がんになった人が、不当に辞めさせられることはあるのでしょうか。
がんになったら働けないだろうと思い込んでいるような上司や人事担当者がいたら、がん診断を受けた人を戦力外のように扱う、ということはあり得るでしょうね。ただ、従業員を解雇するにはさまざまな規定があり、決して簡単ではありません。
一方で、患者さん本人が職場に病気のことを話す前に、「言っても配慮してもらえないだろう」と悲観的に考えることがあるようにも感じます。治療が始まる前に離職する人が少なくないことには、このような悲観的な思い込みも影響していると思います。職場に伝えれば、意外と、配慮してもらえることはあると思います。そのためにも、話し合いとお互いの歩み寄りが必要だと思うのですが。
――がんの治療と仕事の両立が、当たり前になる社会になるためには、何が必要だと思われますか。
がん治療と仕事を両立させたいと思うご本人、医療者、職場、それぞれができることから取り組むのがいいと思います。特定のプレイヤーだけが変わるのではなく、みんなが少しずつ変われば、社会全体が変わっていきますから。今は患者さんにがんを告知するのは当たり前ですが、本人に伝えるようになったのは日本では1990年代ごろから。この20年で医療現場は大きく変わりました。これから10年後、両立支援のかたちも、さらに大きく変化すると思います。
現在、私が所属する研究班では、医療機関ですでに実践されている就労支援の好事例を集めて、多職種が連携してがん患者さんの就労を手助けする仕組みづくりの研究をしています。医療者向けの研修も準備しています。病院は、立地やマンパワーなどそれぞれに施設特性がありますから、病院の特性に応じて、多職種ができるところから就労支援に取り組めるとよいと思います。医療者が働くがん患者さんへの支援により積極的に取り組むように、これからも働きかけていきたいです。
(ライター 福島恵美、 カメラマン 村田わかな)
国立がん研究センターがん対策情報センターがんサバイバーシップ支援部部長。一般内科医として勤務した後、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻に進学。博士課程修了(保健学博士)。同大学医学系研究科講師、獨協医科大学医学部准教授などを経て、2013年から現職。がん患者の生活の質やサバイバーシップに関する研究に従事。がんになった後の暮らし全般、特に患者本人や家族の就労問題に取り組んでいる。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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