会話も家事も気遣い 「女はつらいよ」夫の実家に帰省
ダイバーシティ進化論(水無田気流)
例年帰省ラッシュが話題となるお盆休み。これほど大勢の人が一斉に「(主としてお墓のある実家付近の)故郷」を目指すようになったのは、それほど古くはない。一例をあげると、民俗学者の矢野敬一は「お盆ラッシュ」という言葉が「新潟日報」紙上に初めて登場したのは昭和37(1962)年で、以降記事の中心も旧来の伝統行事から帰省客によるラッシュに移っていったと指摘する。
高度成長期に日本の産業の中心は第1次産業から第2次産業に移った。地方の農村にいた若年層は三大都市圏を中心とする都市部へ流入し、新しい世帯を構えた。にもかかわらず、農村共同体の家制度に基づく墓参の慣習が保たれ、帰省ラッシュは今なお続く。
60年代後半には結婚のきっかけは「お見合い」を「恋愛」が上回り、結婚は「家制度」から「夫婦相互の個人的結びつき」へと軸を移す。だが家意識の心理的な負担は今日もジェンダー非対称であり、男女の落差は大きい。
内閣府「結婚・家族形成に関する意識調査」(2014)によると、未婚者で結婚願望のある人の「結婚生活を送る上での不安要素」について「配偶者の親族とのつきあい」と回答したのは、男性の32.2%に対し女性は58.5%と大きな差が見られた。
黒川伊保子「『妻の帰省ストレス緩和』の秘訣」(『プレジデント』18年9月3日号)によれば「義実家への帰省」に気を使うポイントについて、女性は1位が「義家族との会話」(60.5%)、2位「家事の手伝い」(57.9%)。一方男性は「気を使うことはない」「手土産」がともに1位で31.0%だった。
この数値が示すものは何か。たとえば義実家に行くと女性は義両親との会話の端々に気を使い、時にお説教や孫の督促を受け流す。家事を全く手伝わないのは気が引けるが、台所は義母のテリトリーなので、あまり介入しすぎると細かな衝突が起きる――。などと女性が神経をすり減らすのに対し、男性は何一つ気にせず、強いて言えば「手土産を買っていけばOK」で、後はのんびり供応されているという構図か。
戦後家族は法的にも個人の心情的にも家制度から解放されたが、お盆の帰省などでその残滓(ざんし)は顔を出すらしい。「義実家帰省に、女はつらいよ」なのだ。読者諸兄には、ぜひご理解いただきたい。
1970年生まれ。詩人。中原中也賞を受賞。「『居場所』のない男、『時間』がない女」(日本経済新聞出版社)を執筆し社会学者としても活躍。1児の母。
[日本経済新聞朝刊2019年8月12日付]
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