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10万年前の東アジア最古の彫刻 旧人類にも芸術家?

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/8/16

しかし、誰がこの溝を彫ったのかについては、まだ謎に包まれている。ネアンデルタール人は、おそらくアジアのこれほど東の方までは来なかった。現時点でネアンデルタール人の進出が確認されているのは、今回の発見場所から北西に約3000kmも離れたアルタイ山脈のデニソワ洞窟までだ。そして、これほど早い時代に、現生人類がこの地に到達していたかどうかもわかっていない。

遺跡で発見された頭蓋骨には、古い特徴と新しい特徴の両方が見られる。以前の研究は、彼らがデニソワ人だった可能性を示唆していたが、今までに見つかっているデニソワ人の化石は数少ないため、断定するにはDNAの証拠が必要だろう。また、デニソワ洞窟で発見された歯のペンダントなどの装身具は、デニソワ人によって作られた可能性があると主張する研究もある。しかし科学者たちはまだ、現生人類がこれらの製作に関与した可能性を否定できずにいる。

■「純粋なホモ・サピエンスではなかった」

そうした物質文化を作り出す能力をもっていた人々について、「私の考えでは、純粋なホモ・サピエンスではなかったと思います」と言うのは、米ウィスコンシン大学マディソン校の古人類学者ジョン・ホークス氏だ。「実のところ、『純粋』なものなどないに等しいのです」。なお、ホークス氏は今回の研究に関わっていない。

科学者が古代のヒトを調べれば調べるほど、種間の交雑が見えてくるようだ。遺伝学的な証拠が示すのは、約6万年前から数回にわたってアフリカを出た現生人類が、移住先でヒト族の仲間と出会い、少なくともそのうちの2種、ネアンデルタール人とデニソワ人と交雑したことである。そのとき遺伝子のやりとりと同時に、文化的な交流もあっただろう。

「彼らは自分たちのことを別々の種だとは思っていなかったでしょう」とホークス氏は言う。近年、さまざまな種の人類が残した古代の彫刻やオーカーで描いたスケッチが世界各地で発見されており、今回の発見もその一例に加わることになる。

現在知られている中で最古のアートは、インドネシアのトリニールで発見された、イガイの貝殻に刻まれたジグザグ模様で、約54万年前にホモ・エレクトスが彫ったと考えられている。また、南アフリカのブロンボス洞窟で見つかった「#」のような印は、7万3000年前に初期のホモ・サピエンスが描いた落書きだったようだ。そして、スペイン南東部の洞窟クエバ・デ・ロス・アビオネスで発見された6万5000年前のスケッチをオーカーで描いたのは、おそらくネアンデルタール人だった。

「現代的に見えるこれらの行動は、現生人類の誕生と直結する結果というよりは、ヒトの仲間が共通して持っていた認知能力の結果だったのでしょう」とデリコ氏は話す。

しかし、これらの抽象的な図形が何を意味するかについては、さらなる議論が必要だとオーストラリア、グリフィス大学の考古学者ジリアン・ハントリー氏は言う。氏は新たな研究を高く評価しているが、今回の標本をはじめ、今までに見つかっている同様の刻線が本当に何かを表現しているのかどうかや、仮にそうだとしてもこれらが高い認知能力の証拠として解釈できるのかどうかはわからないと指摘する。

「ちょっと大風呂敷を広げすぎだと思います」とハントリー氏は言う。それでも今回の発見が、古代の人類の暮らしと、おそらく彼らの心を垣間見せてくれたのは本当だ。

「今後も発見は続くでしょう」とバン・ゲルダー氏は言う。「それが考古学の魅力です。何かがわかったかと思うと、誰かが次のものを掘り出してくるのです」

(文 Maya Wei-Haas、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年7月29日付]

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