がんと闘う社員、向き合う上司 仕事に挑み続ける理由
がんになっても働き続けたい~がんアライ部勉強会より
がんで治療や経過観察をしながら、仕事を続ける人が増えている。とはいえ、勤務先でサポートを得られなかったり、制度があるのに利用できる雰囲気ではなかったりなど、治療と仕事を両立するには課題がある。
そんな中、がんと就労の問題に取り組む民間プロジェクト「がんアライ部」が、2019年6月に人事担当者向けの勉強会を開催。「制度がなくても治療中の部下と良い関係性を築く方法とは」をテーマに、大手人材紹介会社ジェイエイシーリクルートメントに勤務するがんサバイバー(がん経験者)の金澤雄太さんと、上司の春野直之さんを迎えてパネルディスカッションを展開した。モデレーターを務めたのは、一般社団法人キャンサーペアレンツ代表の西口洋平さん。特別な制度がない会社の中で、治療と仕事の両立をどのように行ったのか。自身もがんになったライター、福島恵美がリポートする。
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がんの報告は親よりも会社が先
約60人の人事担当者が集まった今回の勉強会。がんの再発・転移を2度経験しながらも職場復帰を果たした金澤さんと、彼の上司の春野さんに、モデレーターの西口さんが、がんと就労における率直な質問をぶつける形で始まった。
西口 がんが発覚したとき、いつ、誰に、どこまで話しましたか。
金澤 2014年に盲腸で入院中に、手術で取ったところが悪性だと分かり、虫垂がんと告知されました。退院予定や職場復帰のめどが立たなくなり、親に連絡する前に上司に電話したんです。当時の上司は、春野ではなく別の人でした。そのとき、「ちゃんと会社に戻ってこられるようにするから、治療に専念してこい」と言ってくれて。雇用の継続や収入の不安が一旦なくなったのが、うれしかったですね。
春野 金澤から当時の上司ががんの報告を受けた後、マネジメント担当者が緊急招集されました。論点は、彼の病気をいつ、どのように社内のメンバーに伝えるのか。金澤自身がどのように伝えたいと思っているのかを聞き、それを尊重することにしたのです。弊社にはそもそも、がんに限らず、介護や子育てをしている人もいるので、誰が今どういう状態にあるのかを週に1回のミーティングで話し合っています。
金澤さんは職場復帰後に自分が所属するチームの人や、社内の親しい人にがんのことを話した。上司とは定期的に行う検診のスケジュールを共有し、その都度、検査結果を伝えてコミュニケーションを取ったという。
復帰後も業務量や目標設定を変えずにチャレンジ
金澤さんの仕事は転職支援。がんになったときはマネジャーだった。復帰の際にマネジャーとして戻るか、同じ職位のコンサルタントとして戻るかを会社から聞かれ、(部下を持たない)いちスタッフであるコンサルタントを選んだ。
西口 復帰後は体力がまだ戻っていなかったと思いますが、業務量や売り上げ目標はどう設定したんですか。
金澤 売り上げ目標や日々のKPI[注1]は、他の同僚のコンサルタントと同じでした。業務量や売り上げなどの目標数値を、病気をしたことで下げずに、「チャレンジしよう」と上司から言われました。やってみてうまくいかなければ、設定した数字を再検討すればいいから、と。内勤に移るという提案はなかったし、僕自身もそれは考えていませんでした。
春野 僕らマネジメント陣は、彼が内勤を希望しないことを分かっていたから、その提案はしませんでした。体のことを考えて内勤を提案するのは、変に遠慮していることになり、これまでの仕事に戻ろうとしている彼に、失礼だという意識が強かったです。
[注1]企業や個人などが、達成すべき目標に対して、どれだけ進捗が見られたかを明らかにするための指標。
上司からの「生き様を見せてくれ」に働く意欲が向上
金澤さんは2016年と17年にがんが再発・転移。治療のため入院し休職した期間もあったがそのたびに会社に戻り、2018年5月には3度目の職場復帰を果たした。もともと社内では従業員が休むときに、担当している顧客を他の同僚らが代理対応する体制が整っていて、金澤さんのケースでもスムーズに対応できたそうだ。
西口 再発・転移が2回もあると、上司として「彼が働くのはいいことなのか」という考えが出てくることもあるように思います。
春野 僕は、金澤ががん患者だという認識の下でマネジメントしたことは1回もありません。もちろん配慮はしますが、特別な存在だと認識していないし、彼にも自分は特別だと認識させるようなことはしていないです。仕事を休んで抜けている人がいれば、その間、チームの誰かがサポートするのは普通に行っていること。金澤が会社に戻ったときに、どういう風土にしていけばいいかを考え、彼がいいコンディションで仕事ができるよう、業績の上がっている最高の組織にしようとメンバーに号令を掛けました。そして復帰した金澤は、2018年に全社で表彰されるぐらいに業績を伸ばしたんです。彼の仕事ぶり、僕らの取り組みが結果につながり、うれしかったですね。
金澤 先の「チャレンジしよう」と言ってくれた上司が、がんになる前と変わらない目標設定を勧め、僕を甘やかしませんでした。そのことが、がんになってからの就労スタンスを作ってくれたと思っています。それにがんが再発・転移して復帰するたびに、春野が「復帰して仕事をする意味を見せてくれ。生き様を見せてくれ」と言ってくれたことも、すごくありがたかったですね。僕が会社にいる意味、役割を与えてくれていることになりますから。
がんになる前は、サラリーマンのキャリアアップは役職を上げていくことだと思っていました。でも、がんになって管理職ではない一人のメンバーとして働くことを選んでから、どうキャリアアップしていくか、すごく悩みました。職位をよりどころにして上を目指す働き方は、自分にはもう合わない。それよりも、社会と関わりを持ち、いい仕事をして自分のことを良い印象で多くの人に覚えてもらうように努めています。
春野 金澤に「仕事をする意味、生き様を見せてくれ」と、なぜ言ったのかというと、実は僕自身、父をがんで亡くしているんです。その父が療養中も「仕事をしたい」とずっと言い続けていました。そのことから、がんになって仕事をする当人の考え方や、その人が価値を置いていることに、真摯に向き合わないといけないと感じたからです。
制度よりも大事なのは働き方の柔軟性
パネルディスカッションの後は、会場の参加者から金澤さん、春野さんへの質疑応答の時間に。
参加者 治療中にこういう制度があればよかった、と思うことを教えてください。
金澤 僕がこれまで利用してきた社内の制度は、フレックスタイム、有給休暇、午前休、午後休。これでわりと事足りてきました。がん患者にとって重要なのは、急な体調不良があったり定期検診に行ったりするときに休みやすく、柔軟性のある働き方ができることだと思います。特別な制度は必要ない、というのが僕個人の考えです。
最後に、がんアライ部発起人の1人で、カルビーの人事担当者である武田雅子さんがコメント。「春野さんが金澤さんの話を聞き、とことん部下に向き合う姿勢が素晴らしい。また、優しいだけの上司ではなく、部下にチャレンジさせ、成果を出させ、きちんとマネジメントしている」とたたえた。
金澤さんと春野さん、2人のやりとりを聞いて、がんの治療と仕事の両立には制度よりも、病気のことでも話しやすい「風土」を作ることのほうが重要なのではないかと感じた。と同時に、がんになった部下の思いを上司がまず尊重することから、職場での良い関係作りが始まるのだと思った。
(ライター 福島恵美、カメラマン 村田わかな)
人材紹介会社ジェイエイシーリクルートメントに勤務。2014年に盲腸の手術をしたときの病理検査で、虫垂がんが見つかり、ステージ2bと告知される。2016年に肝臓、17年には肝門部にがんが再発・転移。手術、抗がん剤治療を受け、現在は経過観察中。妻と2人の娘の4人暮らし。
2006年からジェイエイシーリクルートメントに勤務。人事・キャリアアドバイザーを経て、現在はインターネット領域を中心に、幅広い業界への転職斡旋を支援している。また、シニアマネジャーとして70人のメンバーを管理し、マネジャーも兼務。
一般社団法人キャンサーペアレンツ代表理事。2015年に35歳で胆管がんと診断され、子どもを持つがん患者のためのインターネット交流サイト「キャンサーペアレンツ」を2016年に立ち上げ。その活動と会社勤めをしながら治療を続けている。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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