チャレンジ精神の復活めざす ボトムアップで事業創出
京セラ 谷本秀夫社長(上)
京セラの谷本秀夫社長
京セラは2019年4月、創立60周年を迎えた。創業者で名誉会長の稲盛和夫氏が28人で始めた小さなセラミックの会社は、いまや電子部品や半導体関連部品、太陽光発電や携帯電話などを手がける、グループ従業員数7万5000人、売上高1兆5000億円超の大企業へと成長した。17年に就任した谷本秀夫社長(59)は、かつての急成長の原動力となった「チャレンジ精神」をあえて現在の目標に掲げる。
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――社長就任から2年がたちました。リーダーとして心がけていることはありますか。
「稲盛がいつも言っていますが、『謙虚にしておごらず』ですね。立場が偉くなっただけで私が偉くなったわけではありません。みんなの話はちゃんと聞けるように、謙虚におごらずにいるようにしています」
「私は製造部門出身です。製造現場は1つの課でも数百人の部下がいましたし、事業部ともなれば何千人という数になります。みんなをまとめて引っ張るという意味では、製造部門にいて良かったですよ。昔なら暴君のようなトップが引っ張っていく会社もあったかもしれませんが、今の時代はそれでは人がついてきません。みんなの意見を聞いて納得してもらわないと進まないのです」
――社長を打診されたときはどう感じましたか。
「そんなことになるとは全く思っていなかったので驚きました。社長になったからといって、やることがコロッと変わるわけでもないのですが、なにせ責任が違います。私は入社以来、一貫してセラミック事業に携わり、事業本部長も経験しましたが、そのときは知っている事業範囲が広がるだけであまり怖いとは思いませんでした。しかし、社長になると、携帯電話やコピー機など、幅広い事業領域をすべて見なくてはならず、最初は苦労しました」
自分の色を出せるまでに1年
「就任前後に全ての事業本部に事業内容と問題点を1日かけて説明してもらいました。加えて、ほぼ毎月の幹部会で報告を受けるので、1年くらいかかってようやく分かってきました」
――社長として自分の色を出せるようになったのはいつごろですか。
「これも1年ほどかかりました。海外のグループ会社を含め、200人くらいのマネジメント職を集めて年に2回、国際経営会議を開いているのですが、その冒頭で社長としての方針を1時間ほど話します。就任直後の会議では、人工知能(AI)やロボットの活用、生産性倍増などの方針を打ち出しましたが、実はこれらは社長になって急に言い出したことではなくて、事業本部長時代から言っていたことでした。2年目の18年春には業務効率化の方針 を打ち出しました」