30代半ばから、自分をいかに取り戻すのかがチャレンジに

娘さんに自分とは異なる自我を認め、自己投影を戒める。自身の母親は「兄弟を比較することがたびたびあった」ことから自分は異なる育て方をし、自立した関係性を築いている。しかし自立は一方で、孤独を感じさせることでもある。

「孤独は、違う人間だという悲しみを、母親から物理的に切り離された存在として自らを自覚することによって感じるものですよね。私たち母親も、四六時中子どもにくっついていた時代からすると、切り離された悲しみはとても大きいものなのです。それは母子ともにあまり口には出さないですけど、心身をむしばみます。だから、べたべたと甘えたくもなる。でもそれは、いつかは乗り越えなければいけないもの。そうやって成長して、相手の気持ちを思いやり、自分がしてほしいことを相手にもできるようになれば、孤独な者同士のあいだに触れ合いが成立するようになります」

娘さんに、女性としての生きづらさをどのように伝えていきたいと思っているのだろうか。

「10代の頃はとりわけ、自分が周囲にどのように見られているかを常に意識してしまうものです。女性によくある、人前でものを食べるのが苦手、大舞台や人前に立つのがイヤというのは、小さい頃から見られる性であることを意識させられる機会が多いことと関係しているでしょう。少なくとも私は、20代の半ばごろまで周囲の目を気にし、自意識に悩まされました。それが、子どもを持ってだいぶ変わった。自分ではない他者に愛情を注ぎ、関心を向けることで、自分の存在意義を容易に見つけられたからかもしれません。ずっと気にしていたことを気にしなくなったんです」

子育て期は、家庭に埋没し自己犠牲を払ってまでも愛情を注ぐことが幸せだと感じる時間。三浦さん自身はその後、子育てが一段落した30代半ばからは、自分をいかに取り戻すのかが課題になったという。

「母としての自分ではない、個を取り戻す作業は大変でした。服装や体重管理も気にしていなかったのですが、そこは気を配るようになりました。同時に、自分の欲望と相手の欲望をきちんとしゅん別することに自覚的になりました。自分が完璧にこうしたい、ということと、相手が本当に求めていることは違う。母として女としての存在意義をあまりキチキチと定義せず、その場に応じてやってみればいいのではないかと思うようになったのです。結果、お互いを尊重したうえでの人間としての触れ合いが可能になったと思います」

ただ、他人同士である以上、相手が与えてくれるものと自分の望むものとの間のギャップは常に存在する。女性には、大切な人からの真摯な注目が欲しい、理解されたい、常に気にかけられていたい、自分も気にかけていたい、という思いが強い人が多いのではないか、と三浦さんは言う。「本にも書きましたが、周りの女性を見ていても夫婦関係や親子関係においてそうしたギャップに悩む人は多いですね」。三浦さん自身、いまだにこの問題は解決していないとも。「1人の人間にあまりに多くを要求することには無理があります。人間関係を幅広くしておくことによって、仕事関係の人と触れ合ったりとか、夫や子どもに意識を向けすぎるのではなく、そこはあえてドライにしていたりします。そうするとかえって向こうから寄ってきたりするんですね(笑)」

『与えたい』という衝動とどう向き合うか

誰しも、埋められない孤独と向き合わなければならない。特に現代は、母であれ、妻であれ、女であれ、仕事人であれ、と女性は様々な役割を期待される。だからこそ、役割を一生懸命に演じたり、周りの評価を求め、狭い人間関係に依存したりしてしまう傾向も見受けられる。一体、どのように孤独と向き合い、解決していけばいいのか。

「解決はしない、というのが私の信条です。私自身、達観もしていないし、夫との関係でもこちらが求めているものが相手から得られなかったりすることもままあります」

パートナーや子どもが自分と一体ではなく、あくまでも他者であることを意識するとき、人は孤独を感じる。それを諦めという形で整理する人もいれば、婚外恋愛に逃避する人も出てくる。ただ、一番大切なのはパートナーとの信頼関係だという。「互いに、相手に対して邪悪なことをしないこと。気遣うこと。傷つけたり怒鳴ったりぶったりしないことが大切」と語る三浦さん。その上で、仮に困難があったとしても、「自分が孤独な自分自身を引き受けられるかどうかで、夫婦や親子という共同体が成立するかどうかが決まるのでは」という。

「自分の中の『女』と付き合うということは、承認欲求を満たすだけではない。自分の中の女としての豊かさ……とりわけ『与えたい』という衝動とどう向き合うかに尽きるのではないでしょうか」

子どもに与えすぎてしまうとかえって悪影響があるかもしれないし、夫にはそこまでの激しい感受性を受け止めきれないと言われるかもしれない。婚外恋愛をしたとしても、単に与えるだけで、愛は得られないかもしれない。でも、女性は与える性だ。それゆえ「与えることの毒に自らむしばまれないようにだけはしてほしい」と三浦さんは言う。

「この本では、1人の人間が自尊感情を取り戻したり、自己決定権を最大限駆使して、幸せと孤独を手に入れたりするさまを、決して成功物語という形ではなく書いています。人間はやり直しも利くし、いろんな人生を自分で築いていける。物事は選択なんです。誰も人生を代わりに生きてはくれないけれど、支えはある。完璧じゃないけれど理解を示してくれる人がいるかもしれない。そういう思いが希望とともに伝わるといいなと思います」

三浦瑠麗
1980年、神奈川県生まれ。国際政治学者。幼少期を茅ケ崎、平塚で過ごし、県立湘南高校に進学。東京大学農学部を卒業後、同公共政策大学院および同大学院法学政治学研究科を修了。博士(法学)。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、山猫総合研究所代表取締役。博士論文を基にした『シビリアンの戦争――デモクラシーが攻撃的になるとき』(岩波書店)でデビュー。近著に『21世紀の戦争と平和――徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』(新潮社)。「朝まで生テレビ!」「ワイドナショー」などテレビでも活躍する一方、旺盛な執筆、言論活動を続ける。第18回正論新風賞受賞。『孤独の意味も、女であることの味わいも』(新潮社)は初の自伝的著作である。
公式ブログは山猫日記。

(取材・文 山田真弓、写真 小川拓洋)

孤独の意味も、女であることの味わいも

著者 : 三浦 瑠麗
出版 : 新潮社
価格 : 1,404円 (税込み)