「いい子」の殻破った熊高野球部 花まる学習会代表高浜正伸・花まる学習会代表(上)

ナンパの薫陶も受けた。

1年生の夏合宿の帰りです。当時は炎天下でも「水を飲むな」とか言われて、めちゃくちゃ厳しい合宿だったんですよ。あー、やっと帰れる、と思っていたときでした。交通センターというところで「じゃあ、うどんでも食っていくか」ということになったとき、先輩から突然「高浜、お前ナンパしたことあるか?」と聞かれました。「いや、ないです」と答えると、「じゃあ教えてやるよ」と。「女の子は待っとるんよ」とか言われて。

「熊高野球部の先輩たちのおかげで素っ裸の自分になれました」と話す

先輩が店のバイトの女の子のところに行って、(顔の前で人さし指を振りながら)「ちっちっちっ」とか合図するんです。そうすると出てくるんですよ、確かに。「えー」とか言いながら。当時は電話番号を聞き出して終わりですが、衝撃でしたね。「やっぱり俺は今までいい子ちゃんで生きてたんだな」と。

もちろん自分もすぐに試しました。そうすると、結構な確率で来てくれましたね。優等生のときは「知り合いでもないのに声かけしたらきっと嫌われるだろう」とか、勝手に考えていたんですよね。そこを「ドーン」と行くんですよ、イタリアンな感じで。女の子たちは「今日なんか変な丸刈りの軍団が来ちゃって~」とかいいながらも、絶対うれしい。そういうことは感じましたね。そこからは楽しかったですね。女の子にモテ始めて、野球の試合でもキャーキャー言われて。本当にすごかったんですよ。

野球部の先輩たちは頭がすごくいいのですが、それだけじゃない。全部がそろっている。熊高にはいい成績だけギスギス狙っても仕方ない、人間力がないと、という雰囲気がありました。「ノブレス・オブリージュ(高貴なるものの義務)」というか、本当に上に立つ人はみんなのことも考えないといけない。まさにそれを地で行く感じでした。

中1からの日記がよりどころだった。

中学までは地元の田舎の学校に通って、成績は常にトップ。児童会長、生徒会長をやってきました。でも、自分の内側の幸せ感としてはいつも「違う」と思っていたんですよね。「先生を喜ばせるために生徒会長をやってるんじゃないのか」と。両親からのプレッシャーはまったくなかったです。開業医だった父は戦後のめちゃくちゃな時代を知っているので、「世の中どうなるか分からない。好きなことをしろ」という感じでした。でも、先生から期待されると「もっとほめられる自分でいたい」となる。過剰適応でしょうね。

注目記事
今こそ始める学び特集