巨大ブラックホール、一般相対論を証明 天の川銀河で
私たちの銀河系(天の川銀河)の中心には巨大なブラックホールがある。科学者らはこのほど、その近くを回る恒星を観測することで、恒星から出た光の波長が、ブラックホールの強力な重力場によって引き伸ばされたことを確認した。アインシュタインの一般相対性理論によると、光は非常に強い重力場の中を通過するときにエネルギーを失う。今回の測定は、その予想を検証する最良の方法だ。
「超大質量ブラックホールの近くで重力がどのように働くかを、今回のような手法で直接検証するのは初めてです」と米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の天文学者アンドレア・ゲズ氏は説明する。同氏のチームによる研究成果は2019年7月25日付けで学術誌『サイエンス』電子版に発表された。「重力は、宇宙を理解するうえでも、私たちの日常生活においても、重要です」
天文学者たちは、極端に強い重力環境で一般相対性理論が成り立たなくなる証拠を発見したいと願っている。そうすれば、私たちの宇宙に残るいくつかの大きな謎を解決できるような、新しい物理学の可能性が見えてくるからだ。
とはいえ今回は、アインシュタインの正しさがまたもや示された。
ブラックホールを16年で1周する恒星
一般相対性理論によれば、私たちが重力として理解しているものは、物体の質量が時空を曲げた結果として生じるという。また、重力は光にも影響を及ぼし、非常に重い物体は、その近くを通る光を曲げる。この現象は「重力レンズ効果」と呼ばれ、1919年の皆既日食のときに観測されたことで知られる。それ以降、一般相対性理論は科学の大黒柱となった。
だからこそ科学者たちは、銀河系の中心にある太陽の400万倍の質量をもつ怪物級のブラックホール「いて座A*」と、そのまわりを公転する恒星の集団に強い関心を寄せているのだ。いて座A*は地球から約2万6000光年離れたところにあり、ガスとちりのカーテンの向こうに隠れている。
今回の研究の主役であるS0-2という恒星は、いて座A*のまわりの楕円軌道をわずか16年の周期で公転している。いて座A*に最も接近するときには、時速2500万kmという、光速の3%に迫る猛スピードで宇宙空間を駆け抜けることになる。
「こうした天体は、人間の一生ほどの短い時間で変化が観察できます」とゲズ氏は言う。「私たちが目にする星座の配置は有史以来変わっていません。けれども重力場が非常に強い銀河系の中心部では、恒星はどんどん動いているのです」
S0-2は楕円軌道上を運動するため、超大質量ブラックホールに近づくときと遠ざかるときがある。ゲズ氏らは、S0-2が2018年5月にいて座A*に最接近する様子を観測したいと考えた。研究チームはチリとハワイのマウナケア火山の山頂にある望遠鏡を使って、同年3月から9月まで、この恒星の運動を詳しく調べた。
「恒星の軌道の形を詳細に知っておく必要があるのです」とゲズ氏は言う。「恒星がブラックホールに最接近して、最も強い重力場を経験しているときが、アインシュタインの一般相対性理論を検証できるときなのです」
これらの観測データを1995年から収集されてきた大量のデータに追加することで、S0-2の軌道全体を3次元で計算することが可能になった。
重力が光を引き伸ばす
一般相対性理論を検証するため、研究チームはS0-2の位置の測定結果と、その運動の観測結果とを合わせることで、「重力赤方偏移」と呼ばれる効果を測定した。
簡単に言うと、S0-2がいて座A*に最接近すると、ブラックホールの強力な重力によってS0-2からの光のエネルギーが失われ、波長が長くなる。つまり、光のスペクトルが赤い方にずれるのだ。
「重力赤方偏移はスペクトルから読み解くことができます」とゲズ氏は話す。S0-2からの光は、秒速200km程度減速されたのに相当するエネルギーが失われていた。これは、いて座A*と同じ大きさの重力を及ぼす天体について、アインシュタインの方程式が予想している数値とぴったり一致する。おまけに、この研究により、いて座A*の質量と距離を、より正確に知ることができた。
科学者たちはこれまでも、より弱い重力場をもつ太陽系などのまわりでも、同様の方法で一般相対性理論を確認している。GPS衛星は地球の重力による相対論的効果をたえず補正しなければならず、それを行わないと、あらゆる種類の地図アプリを使ったナビゲーションが不可能になる。
さらに、ドイツのマックス・プランク宇宙物理学研究所のGRAVITYチームは、数十年にわたって銀河系の中心部を調べていて、2018年、S0-2の光にゲズ氏のチームが今回発表したのと同じ重力赤方偏移を検出し、学術誌『Astronomy & Astrophysics』に発表している。
2つの測定で同じ結果が出たことは、重力のふるまいがニュートンのモデルではなくアインシュタインの理論と一致していることを示唆しているが、詳細に見ると食い違いもある。ゲズ氏は、この不一致は観測機器や基準系による系統誤差によって説明できるのではないかと考えているが、両チームが銀河中心の観測を続けていく上で、こうした誤差をなくしていくことがますます重要になるだろうと話す。
GRAVITYの主任研究者であるフランク・アイゼンハウアー氏は、独立した別々の測定により重力赤方偏移が確認されたのはすばらしいことだと言う。銀河系の中心の超大質量ブラックホールは、彼にとって、ブラックホールの物理学と重力理論のカギを握る天体であり続けている。
「銀河の中心に関する研究の未来は明るいと思います」と彼は言う。
(文 Nadia Drake、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年7月29日付]
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