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インド人一家の「難問の多い料理店」 民間カレー交流

立川談笑

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NIKKEI STYLE

インドでロケットの打ち上げに成功したというニュースがありました。なんでも月面に降りる無人探査車を載せているというじゃないですか。アポロ11号が人類初の月面着陸に成功してからちょうど50年のタイミング。インドもなかなかやってくれますねえ。インドと言えば、日本でもインド人の姿を街でよく見かけるようになりましたよね。それも旅行者ではなく、明らかに定住していそうな。仕事も家庭もあって、日本で暮らす。そんなインド人が増えているようです。今回は、私が知っているインド人のおやじさんの話をします。

町内に小さなインドレストランがあって、お気に入りなのですよ。店内で食べたり、テイクアウトで持ち帰ったり。私の定番は「マトンカレー、ナン、辛口」。何度か通ってるうちに、60歳台くらいかなあ、インド人のおやじさんと顔馴染みになりました。私が顔を見せるだけで、「マトン、ナン、ホット?」って。そういう間柄。

日本語も英語もカタコト

カウンターも含めて10人ちょっとしか入れない狭い店で、装飾や調度品には凝っていません。インドらしさは、壁に貼られた数枚のポスターと店内に立ち込めるスパイスの香りくらい。大きめのテレビがあって、なぜかいつも東京MXテレビに合わせてある。

おやじさんは接客も調理もこなします。ほかに調理の従業員として、年配のおじさんがひとり。調理もしないし接客もあやしい若者がひとり。全員、日本語はもちろん、英語もカタコトです。愛想も良くないのですが、居心地はいい。なんというか「ひたむき」な感じがいつも伝わってくるというか。

ある昼下がり、店に客は私ひとりだけでした。テイクアウトができあがるのを待っているテーブルには、大ぶりのグラスになみなみと注がれたラッシー。店が勝手に出してくれる、常連さんだけの特別サービスです。うれしいけど、量が多いんだなあ。これから家に持ち帰ってカレーを食おうっていうのに、こいつを飲みほすと腹がいっぱいになっちゃうんだ。残すのも気が引けますしね。店に入って最初に断ればいいんだけど、毎回必ずこのサービスはあるわけじゃあない。その日によって出てきたり、出てこなかったり。だから、最初に断るのはちょっと変。といって、目の前に出された後で「ノーサンキュー」ってのは言いづらいですよ。どうしたもんか……。

もんもんとしながら待っているところに、インド人のおやじさんが近づいてきました。まだ料理はできてないのに。おやじさん、しきりに店の入り口を指さします。無言で。少し険しい表情で。

「は?」

その付近をよく見て、分かりました。「この店にレジスターを導入したよ」、と主張していたのです。無言で。

「おー、レジを買ったんですね。いいじゃないですか」。

いやいやいや、と首を振りながらさらに表情は険しくなります。こっちに来て、あんたちょっと見てみてくれ、と。そばまで行くと、おやじさんはレジを打ち始めました。見るからに中古品です。またレジを打つ。また打つ。険しい表情。無言。

なるほど! 使えないってことか。電源は入っているのに。故障かな? あるいは設定かな? 「取説はついてましたか?取扱説明書。なんかこんなの」

おやじさんが奥に向かって鋭く、私の理解できない言葉を発しました。別のインド人、登場。手にはマニュアルを持っています。やっぱり。間違いなく中古だ。意外に分厚い冊子を受け取って開くと、すべて日本語。いやあ!これは、この人たちには無理だ!

レジスターの取扱説明書は初めて見ました。想像以上に複雑です。そういえばレシートには店舗の情報だとかいろいろ印刷してあります。それに業務によって消費税以外にサービス料があったり、日別・月別の集計機能があったり。

あちこちページをめくる私に、カタコトの英語が浴びせられます。「最低限の、そのときの会計ができればそれでいい」「むずかしいことはいらない。簡単でいい」。険しい表情のインド人、ふたり。しかも距離、かなり近いし。

「ごめんなさい!」。ギブアップ。申し訳ないが私の手に及びません。日本語なのに。日本人なのに。「サービスセンターがあるはずですから、そこに電話して相談してみて下さい」。冊子の最後のページを開くと、ありました。「えーっと。東京だから、ここ。この番号に電話すれば大丈夫ですから、ね」

おやじさん、鋭く何か言う。するともうひとりのインド人が出てきて、ぬっと私に電話の子機を差し出しました。険しい表情のインド人3人が、無言で迫ってきます。だから、距離近いって!

わかりました。乗りかかった舟です。付き合いましょう。電話をかけて、オペレーターに機種と状況を手短に説明しました。「えーと、お電話を頂いているのはお店のかたですか?」「んー。お店の人?の、ようなものです」

孫も誕生、うれしそうなおやじさん

ややあって、なんとか設定を終えると、ふぅ~と店内に安堵のため息が広がりました。良かった。ついでに言うと、そのレジには管理者モードに入るための特殊なキーと操作が備わっていたのでした。こりゃ、分からんわ。

そんなこんなで仲良くなって、徐々に彼らのプライベートも見えてきました。家族経営で、おやじさんと奥さん。それから2~3人の従業員とで店を回している。おやじさんは仕事がヒマになるとパチンコ屋でぼんやりしてたり、してなかったり。たまに店に顔を出す新婚夫婦は、娘さんとお婿さん、かな。インド映画みたいな派手な結婚式をしたのか、とても気になりました。聞けなかったけど。そのうちお孫さんにも恵まれて。おやじさんもうれしそうでしたよ。はた目には、「この子は、日本で生まれて日本で育っていくのかなあ」なんて感慨もあったりして。

思い返せば、いろいろあったなあ。昼時に行くと、シャッターの前で奥さんと従業員ふたりがじっと、しゃがんでる。聞けば、「シャッターが故障して店を開けられないんだ」と。「シャッターの会社か、この建物の管理会社に電話したら?」と勧めたら、「その連絡先はぜんぶ店の中にある」だって。わはは。

たまたま客と見ていたテレビに私が出演していて「この店によく来る人だよ」って言ったら盛り上がった、なんて。おやじさんが興奮して話してくれたのは何年前だったか。東京MXテレビさんのおかげですねえ。

その大好きだったカレー屋さんは、2年前に閉店しました。考えたら、連絡先どころか名前も知らないや。あのインド人家族は、今頃どこでどうしてるんだろう。お孫さん、大きくなったろうなあ。また、食べたいなあ、あのカレー。人類にとっては小さな小さな店だったけれど、ひとりの落語家にとってはとっても大事な店でした……あ、これ、50年前に月面に降りたアームストロング船長の名言のパクリですから。え、うまくないって? やっぱり月並みだったようです。

立川談笑
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。

これまでの記事は、立川談笑、らくご「虎の穴」からご覧ください。

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