10兆円の商機を狙え 農村と企業のコラボが宝を生む『日本の田舎は宝の山』 曽根原久司氏

「組」を通じて新住民は清掃や草刈り、農業用水路の管理など様々な共同作業を積極的に分担するようになりました。著者も、徐々に村での信頼を得るようになります。そして、土地の人たちと親しくなるのと並行してビジネスをスタートします。「別荘族」向けの薪(まき)販売や夏季限定のレストラン、農産物販売などの商売が軌道に乗り、移住5年目には事業収入1000万円にまでなったといいます。

「数字」でコミュニケーション

移住の経験を通じて、曽根原さんは田舎暮らしに関心を持つ都会人が意外に多いことに気づきました。仲間も増えてきたので、2001年にNPO法人「えがおつなげて」を設立します。そこで、都市と農村の交流活動を始めたのです。NPOがまず取り組んだのは「小中学生と親が対象の子どもファーム」と「都会の若者による開墾ボランティア」です。

企業とのコラボレーションにも乗り出しました。三菱地所と組んで「空と土プロジェクト」を発足させます。社員向けに農村体験会を行ったり、同社が管理するマンション住民のための「田植えツアー」などを企画しました。企業プロジェクトは、食材のPRやレストラン運営、社員研修などへとフィールドをどんどん広げていきました。コラボする相手企業も徐々に広がっていきました。

NPOが企業を巻き込むときに重要なファクターの一つが「数字で説明すること」です。企業は消費者や取引先、株主などに対して常に目標や結果を明瞭に伝えることが常に求められています。ビジネスの世界で「数字」はコミュニケーションの道具です。曽根原さんも、数字をとても大切に扱っています。

例えば、三菱地所グループの三菱地所ホームと取り組んだ、山梨県産建材を活用した注文住宅用部材の開発事業。曽根原さんたちはプロジェクトの一環として、山梨県産材認証制度の創設を県に働きかけて協力しました。プロジェクトの成果は、はっきりと数字でアピールされています。

三菱地所ホームでは、09年5月、住宅の土台、大引(おおびき)を国産材に切り替え、構造用合板を含めると構造用部材の国産材使用率は35%となりました。
そして11年8月、山梨県産カラマツの間伐材や小径木を使ったFSC認証材による「LVL」を梁に、山梨県産材認証製品の「I型ジョイスト」を2階床組材に標準採用することにより、国産材使用比率は45%まで引き上げられました。
(第2章 限界集落に人を呼べ 79ページ)

「農村の宝」は一体いくら?

曽根原さんが活動を通して学んだことの一つが、人材育成の重要性です。第6章の「都市と農村をつなぐ仕掛け」では人材育成のために取り組んでいる試みを詳しく紹介しています。

農村での活動を続ける中で、私は、農村資源の価値や強みを理解した上で、一方で社会や人々のニーズもしっかりキャッチし、それらを活かす実行可能な事業計画を立て、事業を成立させる人材を育成することが、農村や地方においては極めて重要だと考えるようになりました。そこで、2003年から、試行版の農村起業家の育成講座をスタートし、数年をかけて、人材育成のプログラムを完成させました。
(第6章 都市と農村をつなぐ仕掛け 228ページ)

イノベーションは「新結合」と訳されます。「えがおつなげて」の取り組みは農村にあるいくつかの資源を新しい組み合わせで結合させることで、都会人にとっての価値を創造しているのです。まさにイノベーションです。

曽根原さんとグリーンツーリズム(体験交流)で親交を深めたNPO法人「南アルプス・ファームフィールドトリップ」の小野隆代表は、本書に次のような一文を寄せています。

「グリーンツーリズムを企画するときは、イベントで物を売ったり、体験を並べるのではなく、その地域の商材を組み合わせ、商品やサービスを仕立て上げ、コーディネートする。このことをいつも考え、その能力を高めなければならないと、曽根原さんは教えてくれました」

最後に、ひとつクイズです。「農村の宝」とは、どのくらいの価値があるものなのでしょうか?

曽根原さんはスバリ「10兆円」と評価します。その内訳は次の通りです。

・六次産業化による農業(3兆円)
・農村での観光交流(2兆円)
・森林資源の林業、建設、不動産等への活用(2兆円)
・農村にある自然エネルギー活用(2兆円)
・ソフト産業:情報、教育、IT、eコマース、出版印刷、メディア、健康、福祉(1兆円)

「つなぐ」ことが生み出す日本の新しい価値について、あなたも一緒に考えてみませんか?

◆編集者からのひとこと 日本経済新聞出版社・桜井保幸

曽根原さん率いる「えがおつなげて」の拠点はJR中央本線の穴山駅近くの北杜市須玉にあります。立派な門と広い縁側と庭のある古民家が事務所です。2011年3月の東日本大震災の直後ここに伺い、打ち合わせや取材を行ったことを覚えています。

今回、8年ぶりに本書を改訂文庫化するにあたって、再びこの古民家にお邪魔し、曽根原さんにインタビューをするとともに、山梨の老舗和菓子メーカーである金精軒の小野社長への取材を行いました。

事例を中心に約半分を改訂しましたが、著者のメッセージは古びていません。それどころか、SDGs(持続可能な開発目標)がビジネス界でキーワードになり、地方創生に注目が集まる今、ますます必要とされる本だと思います。

一日に数百冊が世に出るとされる新刊書籍の中で、本当に「読む価値がある本」は何か。「若手リーダーに贈る教科書」では、書籍づくりの第一線に立つ出版社の若手編集者が、同世代の20代リーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介します。掲載は原則、隔週土曜日です。

日本の田舎は宝の山 (日経ビジネス人文庫)

著者 : 曽根原 久司
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 864円 (税込み)

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