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若手リーダーに贈る教科書

10兆円の商機を狙え 農村と企業のコラボが宝を生む 『日本の田舎は宝の山』 曽根原久司氏

2019/8/17

地域創造は農村資源の価値や強みを理解することから始まる

今から10年後、農業が日本の経済を引っ張っていく――。読者をこう思わせてくれるのが、今回取り上げる書籍『日本の田舎は宝の山』(日本経済新聞出版社)だ。日本の地方には、豊かで多様性に富む農産物がある。それを育むのは、年月をかけて積み上げた耕作地や農村などのインフラだ。「農」の営みを支え続けてきた人々もいる。こうした資源や人材をどう磨けば「宝」に変わるのか。金融関係のコンサルタントから田舎暮らしへと転じた著者が、自らの経験を下敷きに展開する「ニッポンの農村活性化論」に耳を傾けてみよう。

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曽根原久司さん

著者の曽根原久司さんは、都市と農村の交流事業に携わるNPO法人「えがおつなげて」の設立代表者です。1961年に長野県下伊那郡(現在の飯田市)で生まれ、高校まで古里で過ごしました。その後、上京して明治大学で学びます。卒業後はフリーターを経て経営コンサルタントの道へ。金融関係のクライアントなどを抱えていましたが、バブル崩壊後に経済危機が深刻化した95年、山梨県に移住しました。仕事に慣れて年齢的にも落ち着いてきた30代半ばのことです。東京での仕事は続けながら、農村に住居を建てて自給自足の生活を始めます。

■バブル崩壊で心機一転、田舎暮らし

田舎育ちの青年が都会に憧れて首都圏の大学へ。卒業後は好きなミュージシャンの道を目指して、「就活」もせずフリーター生活。しかし、夢を追いきれずコンサルタント会社に就職します。バブルの波に乗って、一時は金融関係のクライアントと大きなビジネスも経験しました。しかしながらバブル崩壊でビジネスは低調になり、心機一転、田舎暮らしを始めます。そして戸惑いながらも、徐々に農村のコミュニティーに溶け込んでいきました……。

著者が農村にたどり着くまでの面白いエピソードは、第1章の「ぼくの農村起業ストーリー」に詳しくつづられています。農業や農村についてほとんどなじみのない読者にとっては、曽根原さんが飛び込んだ村で苦労しながら農業を始めるプロセスを興味深く読んでいただけると思います。

農地を借りること一つをとっても、簡単ではありません。農業委員会の許可を得るのは、かなりハードルが高いのです。曽根原さんは「耕作放棄地を借りたい。そのために『組』という組織に入りたい」と要望しました。案の定、最初は断られてしまいます。

しかし、最初は断られました。なぜかといえば、組ごとに財産を持っているので、その財産の分配の問題が生じてしまうというのです。
区長さんからは、私のような都会からの移住者が増え始めており、地元の人たちとうまく交流ができていない、あるいは人間関係がよくない、どうしたらいいかと逆に相談されました。(第1章 ぼくの農村起業ストーリー 35ページ)

区長さんからの相談事に対して、曽根原さんはすぐにあることを提案をします。「私が新住民を集めるから、新しい組をもう一つつくるのはどうでしょうか」。このアイデアは受け入れられて、新住民15世帯が参加する組が結成されました。

一度、謝絶されたあとも諦めない曽根原さんの姿勢は、優れたビジネスパーソンに通じるところがあります。何かを売ろうと思ったら「買ってください」で切り出すのではなく、「あなたのお役に立てませんか」と話を持ちかける行動がそれです。人の心を動かすロジックは、都会も田舎も変わらないと思います。

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