映画『風をつかまえた少年』 14歳の発明が開いた扉
恋する映画 原作者ウィリアム・カムクワンバ氏インタビュー
夏休みに入り、子どもと向き合う時間が増えたときこそ、親子で同じ感動を味わって絆を深めたいところ。そこで、子どもと一緒に見たい映画としてオススメしたい話題作は、8月2日より公開の『風をつかまえた少年』。
アフリカ最貧国といわれるマラウイで、貧困のために学校にも通えなくなった14歳の少年が独学で風力発電を作り出す奇跡の実話が基になっている。2010年に出版された同名の自伝は、世界中でベストセラーとなっており、日本でも英語の教科書に取り上げられているほどだ。そこで今回は、来日したウィリアム・カムクワンバ氏本人に、偉業の裏側で感じていた思いや勉強の大切さについて語ってもらった。
人は持っているものの大切さに気が付きにくい
――14歳で風力発電を完成させて以降、米国に留学することになったり、米タイム誌の「世界を変える30人」に選ばれたりと、大きく人生が変わったと思います。ここまでを振り返ってみて、どう感じていますか?
ウィリアム・カムクワンバ氏(以下、ウィリアム):とにかくエキサイティングな人生だと思っています。風車を作っているときは、まさかこうして日本でインタビューを受けるようなことになるなんて、想像もしていませんでしたから。当初は、自分たちが直面している問題を何とか解決したいという思いだけで風車を作っていました。それがこうしていろんな可能性につながっていることには、喜びを感じています。
――マラウイでは望んでも学校に行けない子どもたちが多くいるそうですが、日本では恵まれているにもかかわらず、勉強することの意味や大切さを理解できていない子どももいるように感じます。どうすればウィリアムさんのように自らの意思で勉強に興味を持ってくれるようになるのでしょうか?
ウィリアム:僕からアドバイスできることがあるとすれば、まず「人は自分が持っているものの大切さに気が付きにくい」ということです。だからこそ、恵まれた環境で勉強できる日本の子どもたちには、勉強したくてもできずにつらい思いをしている子どもが世界にはたくさんいるという事実を知ってもらうというのもひとつだと思います。
あとは、「勉強は親のためにしているのではなく、未来の自分のためにしているんだ」と感じさせることも大切。とはいえ、それは「よりよい仕事につながるから」といった結果論のためではありません。それよりも、自分が興味のあること、もしくは自分なりのゴールに向かうためにはどうアプローチしていったらいいのかということについて、学びを通して考える必要性を教えることです。
――そのために、親としてできることはありますか?
ウィリアム:子どもたちが何を達成したいと思っているのかということに、きちんと耳を傾け、一緒に考えてあげることが重要。特に、小さい頃は興味もどんどん変化していくものなので、そうなったときにいろんな情報を彼らのために見つけて、用意してあげるのはいいことだと思います。子どもたちの考え方がいろいろと変わるときこそ、親もオープンで柔軟性のある対応ができるということが大事なんじゃないでしょうか。
自分から動かないといけないと祖母が教えてくれた
――とはいえ、ウィリアムさんも最初は周囲からなかなか理解されずに苦しい時期もあったそうですが、そのときに支えとなっていたものを教えてください。
ウィリアム:それは、祖母の存在です。マラウイでは、男性と女性の仕事は分けて考えられており、そのなかでも家用のレンガは伝統的に男性が作るものとされています。にもかかわらず、僕の祖母は自分でレンガを作っていました。当然、周囲からは「なぜ旦那さんにお願いしないのか?」と言われたそうですが、そのとき祖母は「もし自分たちの畑で火事が起きたとして、何もしないで待ったりはしないでしょ?」と答えたそうです。
――そういう家庭環境も大きく影響していたのですね。
ウィリアム:そうですね。祖母は「自分が対処しなければ、ほかの人もその問題には気が付かずに終わってしまうこともある。だから、まずは自分が動かなきゃいけない」とも話していました。それを聞いたときに僕が感じたのは、「だったら、僕も自分から動いて風車を作っていいんだ」ということ。そういう気持ちがあったからこそ、周りに理解してもらえなくても、僕のことをみんなが笑っているときでさえも、がんばることができました。
あとは、「この風車も世界のどこかにいるほかの人間が作ったものなんだから、同じ人間である自分も同じことを達成できるはずだ」というのを信じていた気持ちもあったと思います。
本を読むことの大切さとは?
――風車のことを知ったのは、1冊の本との出合いがきっかけだったそうですが、それによってウィリアムさんの人生のみならず、国を救うことにもなりました。ただ、残念なことにいまは本離れが進んでいます。改めて本を読むことの素晴らしさを子どもたちに伝えていただけますか?
ウィリアム:読書はすごくパワフルな体験だと僕は思っています。というのも、本は自分の周りに起きていることだけではなく、世界中のさまざまな情報を得ることができるもの。そうやって、いろんなことを学べるというのが本の魅力だと知ってもらいたいですね。
――その一方でデジタル化が加速し、自分で考えるよりも先にインターネットですぐに答えにたどり着ける時代です。それによって、子どもたちから自発的な発想力を奪っている部分もあると感じていますが、自らの知恵と能力だけで風車を完成させたウィリアムさんから見て、いまはどのような意識が必要だと思いますか?
ウィリアム:僕はバランスの問題だと思っています。確かに、インターネットで検索するのは簡単なことですが、もしスマホのバッテリーが切れたら、何も調べられなくなり、物理的にアナログな状況になりますよね? そのときのためにも、自分で考えて解決できる力を育てていかないといけないとは感じています。
いまの私たちはテクノロジーに夢中になり、頼りすぎているので、学ぶことや理解することに関して、シンプルなことを忘れてしまいがち。たとえば、地図でも経路を示してくれるアプリではなく、紙で見てちゃんとナビゲーションできる人はどのくらいいるんだろうかと思ってしまうほどです。
――確かに、多くの人が依存している状態と言ってもいいかもしれません。
ウィリアム:それに、インターネットは本に比べると、簡単に情報を発信できることもあり、あえて違う内容を流しているときもあるといわれています。そんなふうに間違った情報もたくさんあふれているので、注意しなければいけませんし、いまはどれが本物で、どれが本物じゃないかというのを見極めるのが難しい時代。だからこそ、アナログとデジタル両方のバランスを取りながら、思考力や判断力を育てていくことが必要なんじゃないかなと思います。
まずは子どもの話を聞いてあげることが大事
――いまだに選択肢が少ないマラウイに比べて、日本では多くの選択肢がありますが、それでも何をしたいかわからない子どもたちもいます。そういった悩みを抱える子を持つ両親に対して、アドバイスをお願いします。
ウィリアム:繰り返しになりますが、子どもときちんと会話を持ち、そこで好きなものをいくつでもいいので、聞いてあげることが大切だと思います。まずはそこから始めるべきではないでしょうか。そして、そういうことを踏まえたうえで、その先にある可能性について一緒に話していく必要があると思います。
「これはどう?」と親が先に言ってしまうときもありますが、そうすると、逆に子どもの選択肢を狭めて、こちらの希望を押し付けることになりかねません。なので、まずは「何をやりたいのか?」といきなり聞くのではなく、「何が好きなのか?」そして「どうして好きなのか?」ということを聞くことから始めてみてください。それが見えてきたら、あとは彼らを応援することが親としてできることだと僕は思っています。
監督・脚本・出演:キウェテル・イジョフォー
出演:マックスウェル・シンバ、アイサ・マイガ
原作:「風をつかまえた少年」ウィリアム・カムクワンバ、ブライアン・ミーラー著(文芸春秋刊)
配給:ロングライド
8月2日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国順次公開
【ストーリー】
2001年、干ばつに襲われたマラウイは、飢餓による貧困に苦しめられていた。14歳の少年ウィリアムも、学費を払うことができず、退学を余儀なくされる。そんななか、図書館で1冊の本に出合ったウィリアムは、独学で風力発電を作ることを思いつく。電気によって、家族や村を救いたいと希望に目を輝かせていたが、そこにはいくつもの難題が立ちはだかることに……。
(取材・文 志村昌美、写真 厚地健太郎)
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