長友選手を変えたファットアダプト食事法の医学的根拠食事法の監修医師・専属シェフに聞く(下)

日経Gooday

的確なアドバイスをいただき、自信を持つことができました。そこで、ファットアダプトのレシピで作ったスープを毎日、病院に届けました。退院後も、リハビリをしながら青魚など魚を中心とした高たんぱく質、高脂質の食事を作り続けました。

退院後、長友選手は1週間ごとに検査のために病院に通いましたが、そのたびに検査の数値も病状もめきめきと良くなりました。

「諦める」と本人は言っていましたが、結果としては、手術から1カ月後に実戦復帰を果たし、最初から最後まで90分間戦い抜き、チームメイトも驚くほどの無尽蔵のスタミナを発揮しました。アジアカップにも出場できました。「全治には2カ月半かかる」と言っていた担当医師も、予測より1カ月半も早い回復に、「何をしたらこうなるんだ!」と心底驚いていましたね。

カーボローディングは食後高血糖を招く可能性あり

――アスリートの食事として、カーボローディングという概念はよく耳にしますが、「ファットアダプト」という食事法については初耳でした。

山田医師 ファットアダプトは、新しい概念です。

医療における私の専門分野である糖尿病の食事療法は、ここ10年ほどの間で、世界的に大転換が起こりました。「ロカボ」[注1]が、現代の栄養学の新たな常識を反映した食べ方であるのと同じように、スポーツ栄養学の新たな考え方を反映したのがファットアダプトです。

「ロカボフェスティバル2019」のトークショーで、ファットアダプト食事法について解説する山田悟さん

アスリートの世界では、これまでずっと「カーボローディング」という考え方が主流でした。

カーボローディングでは、運動の際にエネルギー源となるグリコーゲンを増やすことを目的とします。現在一般的なやり方として、レースや試合の本番の7日前から4日前まで通常の食事をとり、トレーニング量を徐々に減らします。次に本番の3日前から当日まで、糖質量を増やします。体内ではグリコーゲンが減ったことにより、グリコーゲンを合成する酵素の活性が高まっているので、ふんだんに糖質を摂取することによってグリコーゲンの貯蔵量が高まるというわけです。

しかし、注意しなければならないのは、日本人は欧米人よりもインスリンの分泌能力が弱いということ。食後高血糖を起こしやすい体質の人は、おそらく2人に1人はいるのではないかと私は考えています。参考までに、2013年の中国における研究では、成人の2人に1人が血糖異常者でした。

こうした人が、グリコーゲンを増やそうとして糖質が多い食事を行うと、食後高血糖が起こりやすくなってしまいます。

アスリート10人を対象に、6日間、血糖値を測る装置をつけっぱなしにして、血糖値がどのように変動するかを調べた研究があります(J Diabetes Sci Technol.2016;10(6):1335-1343.)。すると、10人中4人は、食事から2時間後も高血糖状態で、10人中3人は空腹時血糖も高い状態でした。アスリートでありながら、食後の急激な血糖値上昇と急降下が起こっている、ということがわかりました。中にはその後で低血糖になっているアスリートも見られました。食後高血糖やその後の急峻な血糖降下や低血糖が起こっているということは、運動選手にとって大切なパフォーマンスの低下が危惧されることを示します。

体脂肪をエネルギー源にする回路を作る

山田医師 実は、こうしたカーボローディングによる体調不良を自覚したアスリートの中で、運動パフォーマンス、持久力向上のために糖質を制限する食事を選ぶ、という事例が自然発生的に増えていました。そして、その科学的根拠を示す論文が2016年に発表されました(Metabolism. 2016;65(3):100-110.)。

これは、ウルトラマラソンやトライアスロンの選手で、カーボローディングをしているアスリートと、糖質を控えている(すなわちファットアダプトをしている)アスリートに、最大酸素摂取量の65%(中程度)の運動強度で3時間の運動をしてもらい、その前後、さらに、その後2時間安静にしてリカバリーした後の筋肉グリコーゲン量の差異を調べた研究です。リカバリー開始時に、カーボローディングをしている人には高糖質ドリンク、糖質を控えている人には低糖質で高脂質のドリンクを飲んでもらっています。

その結果、長期にファットアダプトをしているアスリートと、カーボローディングをしているアスリートの間に、筋肉内のグリコーゲンの差はありませんでした。つまり、「カーボローディングをしないと筋肉中にグリコーゲンは貯蔵されない」という常識が覆されたのです。

もう1つわかったことがあります。運動中のエネルギー源を調べると、ファットアダプトをしているアスリートの方が、安定して脂質を主なエネルギー源として燃やしていた、つまり「脂質をエネルギー源として安定的に燃やせる体質に変換していた」ことがわかりました。一方、カーボローディングしているアスリートは、確かに主なエネルギー源として糖質を利用してはいたのですが、運動中に徐々にエネルギー源を脂質にシフトさせていました。つまり、カーボローディングをしているアスリートでも3時間、安定して糖質にエネルギー源を頼ることはできていなかったのです。

[注1]「ロカボ」は、一般の人向けの緩やかな糖質制限食のこと。1食20~40g×3回、それに間食10gを合わせて1日70~130gの糖質を摂取する。メタボやロコモの解消、認知症予防などにもつながる。

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