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息づく海軍の伝統 攻玉社、精鋭主義で現役生磨く 攻玉社中学・高校の積田孝一校長に聞く

2019/7/28

長い伝統を持つ攻玉社の校舎(東京都品川区)。現在の敷地に移ってからも90年以上がたつ

ボタンのないネイビーブルーの詰め襟、いわゆる海軍型の制服で知られる中高一貫の男子校、攻玉社中学校・高校(東京・品川)は、幕末期の1863年に開かれた蘭学塾をルーツとする伝統校だ。数学や外国語、航海術などを教える同塾は当時、慶応義塾と並び称される存在だったという。その伝統を受け継ぎ、難関大学への進学実績を残す攻玉社の強みや持ち味を積田孝一校長に聞いた。

■ルーツは幕末の蘭学塾

校名の「攻玉」は、中国の古典「詩経」にある「他山の石以て玉を攻(みが)くべし」から引かれている。創立者の近藤真琴は、福沢諭吉や新島襄らと並んで明治の優れた教育者とされ、日本で最初のかな書き辞書『ことばのその』の編者でもあった。

歴史をたどると、海軍とのつながりが深い。1869年には築地海軍操練所(のちの海軍兵学校)内に移転、このときに名前を「攻玉塾」に改めたという。戦前は海軍の士官養成校として知られ、多くの海軍軍人を送り出した。海軍出身で、太平洋戦争の終結時に総理大臣を務めた鈴木貫太郎も卒業生の一人だ。

校訓は「誠意、礼譲、質実剛健」。海軍の標語だった「スマートで、目先が利いて、几帳面(きちょうめん)、負けじ魂、これぞ船乗り」という精神も受け継いでおり、「礼儀正しく、筋の通ったスマートな人材」の育成を掲げる。それが理想像というわけだ。

校舎は、東急目黒線の不動前駅から歩いて1分ほどの場所にある。品川区という立地のせいもあってか、割とコンパクトな敷地に建物を効率的に配置した印象だ。地上7階、地下2階の1号館から4号館まであり、教室や図書室、食堂などのほか、屋内運動場、室内温水プール、トレーニングルームなどもある。

中高一貫の6年制となったのは1966年で、これが攻玉社の「背骨」となっている。現在は高校からの入学は受け入れない完全な中高一貫体制。中高のカリキュラムを統合しており、普通は高校1~3年生というところを4~6年生と呼んでいる。

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