LITALICO社長に学ぶ 「自分の問い」の見つけ方UWC ISAKジャパン 小林りん代表理事(3)

そんななか、友人の誘いで行った障害者の就労支援施設で転機が訪れた。重度の障害を持つ人が懸命に働く姿を見て「彼らがもっと幸せになれる社会をつくりたい。すべての人が自分らしく生きられる世の中をつくりたい」と考えるようになり、りたりこ(当時はウイングル)に飛び込んだのだという。

2008年にウイングル(後のLITALICO)に入り、社長が選挙出馬のために会社を去った09年に後を継いだ長谷川敦弥社長。当時24歳だった=LITALICO提供

りたりこの教育に関心を持ったことから、長谷川氏と友達づきあいするようになったという小林氏は、こう話す。「長谷川さんに聞くと、子どもの頃からADHDの傾向があったそうです。学校に行っても落ち着かず、忘れ物が多い。先生から与えられたことに集中できない問題児として、小、中、高校時代はずっと疎まれ続けていたそうです」

「自分に自信」得たバイト先での出会い

自信が持てず、自分の価値を見いだしかねていた長谷川氏を変えたのが、アルバイト先の焼肉店のオーナーとの出会いだったという。そこで働くうち、オーナーから「長谷川君は面白いアイデアを持っている。行動力がすごい」「何千人もアルバイトを見てきたけれど、長谷川君は明らかにみんなと違っている」「世の中を変えるような人になるかもしれない」「ニューヨークか、最低でも東京に行きなさい」などと、毎日のようにほめられるようになった。そこで形作られた自信がIT企業でのインターン修業から、りたりこへの道を開いていったわけだ。

長谷川氏が立てた問いの原点は、何なのだろうか。小林氏はこう考えている。

「長谷川さんは長い間、どこかで『何で自分はこうなんだろう』という思いを抱えていたのかもしれません。しかし、そんな自分を評価してくれる人がいると知り、人生が変わっていった。自分が明確に結果を出せると実感したとき、『発達障害といわれてきたけれど、これは本当に“障害”なのか』という問いにたどり着いたのだと思います。学校では評価されなかったけれど、自分だってやればできるではないかと」

ここまでは内向きの問いだが、これが社会のニーズという外向きの問いに重なったのが重要だと小林氏はいう。それが「『世の中には、障害者というだけで必要以上に区別され、苦労している人がたくさんいる。本当にそれでいいのか』」という問いだ。内向きの問いがなければ、課題は「自分ごと」にならず、諦めずに難題に立ち向かっていく力が生まれにくい。

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