イノベーションを生む公務員 試行の積み重ねは日本一山田崇著 『日本一おかしな公務員』

公務員という概念をナメていた

なぜ、ごくフツーの若い公務員が、このような成果を上げることができたのでしょうか? 山田さん自身、「入って7年間は、公務員という概念をナメていました」と書いているぐらいですから、やる気にあふれた若手職員というわけではなかったようです。しかし、松本広域連合への出向経験で何かが変わります。市役所の公務員といえば「縦割り」が連想されます。しかし「広域連合」というのは若干、組織のあり方が異なります。独立している複数の自治体がチームを組む「横串」の世界なのです。

松本広域連合は長野県の19市町村で構成する約44万人の圏域です。「19市町村がそれぞれ消防やごみ処理施設を保有していたらコストも手間もかかって仕方ないので、そういうインフラは共同で持ちましょう」というのが発足のきっかけでした。山田さんは、そこで「効率性」について考えるようになりました。

――さらに人材育成も広域でやるようになりました。松本市の職員は1500人もいますが、生坂村の職員は30人しかいない。生坂村の課長は年に一人しか任命されないので課長研修に講師を呼んだりできないのです。講師を呼ぶのに30万円かかるとして、たったひとりのためにそんな大金は出せない。(略)これを広域でやれば、松本市10名、安曇野市5名、塩尻市3名、生坂村1名……と新課長を1カ所に集めて、さまざまな研修ができるようになる。(第2章 公務員という仕事を、ナメていました 58ページ)

必要なことはすべてナンパから学んだ

ユニークなアイデアを生み出す山田さんは、公務員にしては型破りな発想の持ち主と見られています。しかし、彼の行動をよくよく見てみると、極めて科学的です。例えば、「新しいことにチャレンジするときは、とにかく数をこなすことが大切」というアプローチがあります。一見すると、「数打てば当たる」という根性論に誤解されかねません。しかし、彼は本書の中で、数をこなすことの意味を理論付けしています。

「プロジェクトを成功させるためには、小さな試行錯誤を山ほど繰り返す。一つ一つの試行の結果を見て、ダメそうだったら捨てて、イケそうだったらさらに力を入れる」という考え方です。これはベンチャービジネスの世界で理論化されているミニマム・バイアブル・プロダクト(MVP)に通じる考え方です。全く新しい世界に切り込んでいくビジネスでは、事前に計画が立てられない。だから小さなトライ・アンド・エラーを積み重ねるという戦略です。このことを彼なりの言葉で語っているのが次のくだりです。

――ナンパに限りませんが、大切なのは数をこなすことです。もちろん経験値が上がることもあるのですが、母数が増えれば増えるほど、確率で考えられるようになるからです。数が少なければサイコロ勝負になりますから、運の強い人が勝つ。数を増やせば、考えた人が勝つようになる
(第1章 大切なことはすべてナンパで学びました 46ページ)

ここでなぜ、「ナンパ」という言葉が出てくるかというと、話は学生時代にさかのぼります。彼は、友人と一緒にひんぱんに渋谷に出没。女の子に声をかけては飲みに誘うという活動にはまっていました。そのときの経験が、地域創生に生きているというのです。どうすれば、そんな趣味と実益の一石二鳥のようなことができたのでしょうか? 興味のある方は是非、本書で確認してみてください。ほかにもアルバイトやマージャン、合コンから何を学んだかなど、思わずニヤリとするような若い頃のエピソードが満載です。

ロストペンギンにならない戦略

他の人がやらないことにチャレンジする行動を「ファーストペンギン」という言葉で表現します。集団で行動するペンギンの群れの中には、餌の魚を求めて最初に海に飛び込む1羽がいます。海の中には天敵がいるかもしれませんからリスクはいっぱいです。山田さんはファーストペンギンを目指しています。そして、チャレンジを続けるために次のような考え方で自分自身を鼓舞しています。

――100人の組織を変えるのに重要なのは、最初の10人だ。10人が懸命にやっていれば、ジワジワと50人が変わる。50人が変わると、残りの50人はそわそわし始める。「自分もやらなきゃならないのかな?」と焦り出す。だから、変革を起こすためには、まずは「変わったらインパクトの大きな10人」を見つけ出すことだと。
(第6章 なぜ市役所がこんなに面白いのか 191ページ)

ポイントは、飛び込んだ山田さんのあとに最初の10人がついてくるかどうかです。この点について山田さん自身が、戒めを込めて記しています。「誰かに見てもらわないと、ロストペンギンになる」というのです。飛び込む勇気だけなら、蛮勇です。「孤立しない」「目配りする」「動く」「目立つ」などさまざまな要素があってはじめて、チャレンジが生かされるのです。本書を通じて山田さんが読者に伝えたかったのは、「ファーストペンギン」になるためのノウハウと、それを自分がどう学習してきたかなのです。

変化の激しい時代です。しかし、会社組織の中にいると様々な壁を感じることも事実。なかなかチャレンジの一歩を踏み出せないというビジネスパーソンは多いでしょう。保守的でしがらみの強い職場にいながら、周囲も自分も変えてきた――。公務員の立場で経験してきた挫折や成功、仲間と過ごした時間をつづったこの本は、20代、30代の人たちにとってキャリア形成のための良き「練習帳」になることでしょう。

◆編集者からのひとこと 日本経済新聞出版社・野澤靖宏

面白そうなことがあれば、どこにでも顔を出す。著者の山田さん、本当に実践しています。本書の企画打ち合わせで、私の職場にいらした際、「出版社に来るの初めてなんですよ、編集部を見学させてください!」と、本のカバー通りの派手なお姿でオフィスに顔を出すと、多くの社員が「この人は誰なのだ!?」と好奇の視線で見つめていました。この好奇心、行動力こそが、閉塞を打ち破り、次々に新しいプロジェクトを仕掛ける力の源泉になっているのだと思います。地方創生に日々まい進する公務員の方々の仕事の参考になるのはもちろん、毎日がなんとなく過ぎていて仕事が退屈、何か面白いことをしたい、という方も広く元気がもらえる本です。

一日に数百冊が世に出るとされる新刊書籍の中で、本当に「読む価値がある本」は何か。「若手リーダーに贈る教科書」では、書籍づくりの第一線に立つ出版社の若手編集者が、同世代の20代リーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介します。掲載は原則、隔週土曜日です。

日本一おかしな公務員

著者 : 山田 崇
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,620円 (税込み)

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