年500種の東京産野菜 赤坂のバルでおいしさ発見
東京・赤坂に「東京農業の発信基地」として話題になっているビルがある。「東京農村」と名づけられたビルだ。その1階に、東京都内約100軒の農家から届いたとれたて野菜を味わえる「東京野菜キッチンSCOP」はある。
テレビ局や永田町にも近い東京都心の赤坂見附駅から徒歩2分。「東京野菜キッチンSCOP」は東京産の農産物をワインとともに味わえるバルだ。2018年6月に開店、19年4月にリニューアルしたばかり。もともとは野菜を使った洋食を出すビストロだったが、シェフがイタリアン出身の星野允人さんに変わったこともあり、メニューも心機一転、大幅にリニューアルした。
料理に使われる野菜のほとんどが東京産。しかも年間通じて500種類もの東京産農産物がメニューに使われるという。ディナーの日替わりメニューには、「国分寺きゅうり」「国立トマト」「府中しいたけ」などの東京産の野菜がずらり。もちろんランチメニューにも東京野菜がたっぷり使われる。都心で働く人たちにとって新鮮な野菜をたっぷり食べられる店はありがたい。ランチもディナーも近所の広告代理店やIT企業で働く人たちでにぎわう。
シェフの星野さんに東京野菜の魅力について聞いてみた。「東京野菜の良さはなんといっても産地が近いということです。近いということは、店に届くまでの時間が短いということ。新鮮な野菜は、水分を多く含んでみずみずしく、歯触りも歯ごたえも違います。自分自身も食べてみて東京野菜はおいしいと感動したほどです」
折しもこの日店頭では、採れ立て野菜を販売するミニマルシェが開催されていた。通りを行きかう人々が足をとめ、ピーマン、トマトなどの新鮮な夏野菜を買い求めていく。ミニマルシェはおいしい野菜がたくさん採れたときなどに不定期で開催される。この日の目玉は朝どれトウモロコシだ。
早速、トウモロコシを試食させてもらった。生でそのままかじると、みずみずしい甘さが口の中ではじける。トウモロコシは夏野菜の中でも特に鮮度が命とされる作物で、収穫から時間がたつほどに糖度も下がってしまう。この甘さは、新鮮だからこそ。産地が近いということはおいしいということなのだ。
新鮮な東京野菜を存分に楽しむなら、一番のお薦めメニューは「東京野菜もりもりバーニャカウダ」(1490円・税込み)だ。旬の野菜がたっぷり使われ、季節を感じられる盛り付けに心を奪われる。調理法にも一工夫がある。一皿に焼き野菜、蒸し野菜、生野菜の3種類の野菜料理が必ず入るのだ。この日は、トマトやキュウリは生、ピーマンやオクラは焼いて、トウモロコシやズッキーニは蒸すことで、野菜の持ち味が存分に引き出されていた。
野菜だけなく、畜産物や牛乳に至るまで、できる限り東京産食材が使われるのは店ならではのこだわりだ。メインメニューで味わいたいのは、東京生まれの豚肉「東京X」を使った「東京Xのローストポーク」(2780円・税込み)。キメが細かくさっぱりした脂身を持つ東京Xを、塊肉のままグリルで焼いたごちそうメニューだ。低温調理でしっかり火を入れてから焼くため、肉はしっとり、脂身の甘みやジューシーさがひきたっている。
ところで、「東京野菜キッチンSCOP」にこれだけ数多くの東京産農産物が集まるのはなぜなのだろうか? その秘密は店を経営するエマリコくにたちにあった。
同社は東京の農業を応援する東京農業活性化ベンチャーである。代表取締役の菱沼勇介さんは、一橋大学在学中を国立で過ごし、都心の大手不動産会社に勤めた後、国立に戻り起業。地場野菜を扱うNPOにかかわる中で、東京の「まちなか農業」と出合ったことから、東京野菜の新しい流通システムを作ったのが現在の事業だ。現在、国立駅・西国分寺駅・立川駅の周辺に野菜直売所3軒を展開、東京野菜を使った飲食店も経営する。
菱沼さんによると、東京の農業には地方とは違う課題があるという。「東京には農業のイメージはあまりないかもしれません。でも、東京にはいまも約1万戸の農家があり、野菜、果物だけでなく、コメ、卵、牛乳、ハチミツ、豚肉まで、さまざまな農産物を生産しているんです。実は東京の食料自給率は金額ベースで3パーセントもあるんですよ。1300万人超の人口を抱える東京で、約40万人を食べさせる力があるというのはすごいことだと思いませんか?」
「でも、東京の農家は二刀流の農業です。東京は消費地が近いため、JAが出荷を行うことが少なく、農家が農産物を作るところから出荷・販売まですべてを自分たちで担っています。地方の場合、出荷はJAに任せられますが、東京の農家には栽培技術と営業力の両方が求められます」
そこで同社では、スタッフが毎朝自社の車で取引農家の軒先を訪ね、野菜を集荷して回る。集荷した農産物は、「くにたち野菜しゅんかしゅんか」など、自社の直売所で販売されるほか、スーパーマーケットやヤフーの社員食堂にも納入されるという。
「出荷から販売までをウチがやれば、農家さんは良い野菜を作ることに専念できる。そのお手伝いをしたいと考えています」(菱沼さん)
同社の取り組みがあるからこそ、東京の農家で収穫されたばかりの新鮮な野菜が、店に集まるのだ。店には2日に1度野菜が届けられ、シェフが店に届いた野菜を見てから日替わりメニューを組み立てる。
「新鮮な野菜の味を生かすため、店ではイタリアンをベースにしながらも素材の良さを最大限に発揮する料理を目指しています」(星野さん)
農業を大切にする店だからこそ、農地へ足を運ぶことも欠かさない。店のスタッフは月1回は畑見学に行き、収穫した野菜や果物が店のメニューに登場することもある。季節のお薦めドリンクである「国分寺・平野さんのブルーベリーの果実酒ソーダ割」(620円・税込み)には、スタッフが国分寺の平野農園で収穫したブルーベリーが使われる。ブルーベリーをスピリタスに漬け込み、シロップとソーダで割ったさわやかなドリンクだ。
「東京農村」が誕生したいきさつも面白い。実はこのビルのある土地は、畑と引き換えに農家が得たものだという。エマリコくにたちと取引のあった国分寺中村農園の畑に道路が通ることになり、中村農園が等価交換で得たのがたまたま赤坂にあったこの土地だった。18年に建設されたビルを「東京農村」と名づけたのは、畑と引き換えに手に入れたこの場所から東京の農業を発信していきたいという思いを込めたからだ。中村農園からの依頼でエマリコくにたちがプロデュースを担当。現在、ビルの1階から3階には飲食店が入り、4~5階はキッチン付きのシェアスペースとなっている。
ちなみに、SCOPの店名は発見の意味を持つイタリア語の「SCOPERTA(スコぺルタ)」の最初の4文字からつけられた。「東京にもおいしい農産物がある」ということをこの店で発見してもらいたいという思いが込められる。
「東京で食べるものは、背景の分かる食べ物が少ないですよね。でも食べ物は、土地の文化や工夫の積み重ねでできるもの。どんなふうに作られたのか、背景が分かった方が、もっと楽しい食卓になる。将来的には多摩エリアだけでなく東京全体から集荷して、東京の農産物のおいしさを発信していきたい」(菱沼さん)
「東京野菜キッチンSCOP」に行けば、東京ローカル食材との出合いがある。こんなものも東京で作られているの? という驚きがある。新鮮で、おいしくて、東京の農業への愛が詰まった料理が食べられることをぜいたくと言わずしてなんと言おう。東京ローカル食材のおいしさを、赤坂でかみしめたい。
(日本の旅ライター 吉野りり花)
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