妻夫木聡×豊川悦司 仕事を楽しむことがパワーになる
恋する映画 『パラダイス・ネクスト』楽園の果てに見えたもの
近年、アジア映画がさらなる活気を増しているところだが、そんななか日本と台湾の合作『パラダイス・ネクスト』が7月27日に公開となる。孤独を抱えた2人の男が台湾で繰り広げる逃避行を描いたノワール・サスペンスだ。本作は、パリと東京を拠点に音楽家としても活躍している半野喜弘監督がメガホンを取り、妻夫木聡さんと豊川悦司さんがダブル主演を務めていることでも話題となっている。豪華鼎談(ていだん)で、それぞれの思いを語っていただいた。
台湾の自然が持つ力に圧倒された
――全編台湾でのロケとなりましたが、台湾を舞台にしたいきさつを教えてください。
半野喜弘さん(以下、半野):映画音楽作家としての第1作目が台湾の作品だったこともあり、僕にとって台湾は「映画の故郷」といえるほど思い入れがある特別な場所だったからです。あとは、色彩のバランスや空気感が日本よりも少し自由なところがあるので、そういうものが映像に映り込めばいいなと思って選びました。
――実際に台湾で撮影されてみて、どのようなところに魅了されましたか?
妻夫木聡さん(以下、妻夫木):日本以外の場所で撮影する機会はあまりないので、とにかく刺激的でした。特に、台湾はいつか撮影してみたいと前から思っていた場所でもあったので、どこで撮影していても楽しかったです。それは場所が持っている力というものを強く感じることができたからだと思います。台北から花蓮に移動してからは、人間が小さく見えるくらい自然の力に圧倒されました。
豊川悦司さん(以下、豊川):僕も同じことを感じましたが、付け加えるなら居心地の良さ。「底の方でつながっているんじゃないか」というくらい、日本の外にいる気がしませんでした。あとは、日本では減ってきているような風景が台湾にはたくさん残っているので、役者がそこに立つだけでさまになるんですよ。だから、仕事がしやすかったというのもありました。
――撮影期間は3週間ということですが、その間に訪れたところで忘れられない場所はありましたか?
豊川:準備なども含め、1カ月ほど台湾に滞在していましたが、僕は都市の方が好きなので、台北の街にいるのがすごく楽しかったですね。
妻夫木:不思議だったのは、台湾では一般の人が映ってもいい絵になること。
豊川:そうそう、なんかみんな役者っぽいんだよね(笑)。日本人に比べると、台湾の人は「何をやっている人なんだろう?」みたいに、その人の背景がわからないところがあるんですよ。
妻夫木:あとは、この映画で出てくる場所が台北のなかでもわりと裏のほうだったというのも大きかったかもしれません。表の場所は街が広がっていますけど、一歩裏に入るだけで、いまの日本では忘れられてしまったような場所が台北にはまだまだあるんですよ。だから、懐かしさを感じたんだと思います。
――食文化に関しても近いところがあったと思いますが、ハマってしまったものなどはありましたか?
妻夫木:僕がすごく好きになってしまった台湾料理屋が台北にあって、ことあるごとに豊川さんを誘って行っていました。
豊川:時間が合わなくて、監督とはあまり行けなかったんですけど、ブッキー(豊川さんが妻夫木さんを呼ぶ愛称)と2人でほぼ毎日一緒に行動していましたから。いつも「じゃあ、行こうか」という感じでした。
妻夫木:特に、花蓮に移動してからは、レストランでも常連みたいになっていましたよね。
半野:もしかして、毎日同じところ行っていたんですか?
豊川:というか、そもそも選択肢がないんですよ(笑)。3軒くらいしかないところを順番に回っていたんですけど、全部がおいしいわけでもないので、結局は一番居心地のいいところに落ち着く、みたいな感じでした。
日本よりも臨機応変にできるのが台湾ならでは
――今回は監督とカメラマン以外はほぼ全員が台湾のスタッフだったそうですが、働き方や雰囲気はどのような感じでしたか?
半野:南国の人ということもあるのか、日本人ほどカチッとはしてないですよね。ただ、そのぶん臨機応変にできる部分はあったと思います。一番おもしろかったのは、花蓮に着いた初日。台北で台湾側の演出部がグダグダだったこともあり、プロデューサーから「言うべきことは言った方がいい」と言われたので、スタッフを集めて怒ったんです。そしたら翌日から、演出部が全員いなくなりました(笑)。
――日本ではありえないと思いますが、そのあとはどうされたんでしょうか?
半野:通訳をしていたスタッフが、徐々に演出部もできる通訳になっていった感じです(笑)。「こんな現場ないよ」と言われながら、おふたりにも協力してもらいました。
――そんな状況のなかで大変さを感じたことはありましたか?
豊川:僕らがコミュニケーションを取るのはヘアメイクさんとか衣装さんとかくらいなので、そこまでの苦労はなかったです。ただ、カルチャーが違うので、最初の衣装合わせのときにも考え方やものの見方の違いみたいなものは感じました。でも、そういうところは徐々に埋めていくことができたので、問題はなかったと思います。
妻夫木:さっきの監督の話の続きになりますが、普通は演出部が4、5人もいきなりやめたら大変なことなんですけど、彼らは「まあ、大丈夫でしょ!」みたいなノリなんです(笑)。実際、通訳の人たちが「よーい、スタート!」とか本来やらないことをしだしたりして……。でも、結果的になんとかなるんですよね。
――日本では味わえないような現場だったんですね。
妻夫木:あとは、通訳の人たちもそこまで日本語がペラペラというわけでもなかったので、疲れてくると日本語がわからなくなって、敬語で話していたと思ったら、「ここからすぐにやれ!」とかいきなり命令口調になったりするのは笑いましたね。
半野:そうそう、いきなりタメ口になったりとか、「豊川さん、ここに立て!」とか言ったりね(笑)。内心「ヤバイ」と思っていましたよ。
豊川:(笑)。
妻夫木:でも、日本ではありえない感じがおもしろかったですね。
日本人が見習うべき働き方とは?
――そんななかで、海外の人たちの働き方から日本人が学ぶべきところもありましたか?
妻夫木:台湾の人たちは、食事の時間を本当に大事にしていて、そこはいいなと思いました。時間もきちんと決まっていて、お弁当屋さんもちゃんとその直前に持ってきてくれるので、お弁当が温かいんですよ! 日本ではケータリングを除いて、ロケ弁が温かいというのは絶対にありえないことなので驚きました。しかも、お弁当のバリエーションが豊富で、毎回何種類もあるんですが、そんな風に休憩の時間や食というものを大切にしているのは見習うべきだなと思いました。
――食事や休憩時間をきちんと取っているからこそ、そのあとの仕事の効率が上がるのかもしれないですね。
妻夫木:そうなんですよ。日本の場合、予算がない現場だとまず食費を削っていくので、最初からお弁当がスカスカなんですけど、あれは悲しい気持ちになりますし、士気も落ちますよね。だから、そういう意味でも「食べる」ということはとても大切なんだなと思いました。
半野:確かに、撮影も長くなってくるとそういうのは大事ですよね。僕が感じたのは、立場というものにあまり縛られていないので、それぞれの意見を言えるような空気感があるということ。それが面倒なときもありますけど、そこから生まれることもあるので、いいなと思いました。
――日本だと、まだ下の人が意見を言いにくい状況があるとお感じですか?
半野:もちろん、それが日本のいいところでもあって、そのおかげで先を見通したプランが立てられたりすることもあります。ただ、誰もが自由に言いやすい環境でないと、「ここにこんな意見があったのか」といったことを取りこぼしてしまうこともあると思うので、そういうところは大切だなと思いました。
豊川:僕は、台湾のスタッフはすごく真面目に働いている印象を受けました。そこには仕事を超えた思い入れみたいなものを強く感じましたが、それは映画に対する愛情かもしれないですね。そういった思いが温かい現場を作っているんだと感じました。
仕事をするうえでは楽しむことがパワーになる
――妻夫木さんと豊川さんが、今回の現場で感じたお互いの印象を教えてください。
妻夫木:実は、豊川さんとは仕事よりも先にプライベートでお会いしたこともあり、僕が勝手に甘えさせてもらっているところがありますが、そのおかげで現場では緊張することなく、役に入ることができました。以前から、「いつかガッツリ共演したいね」と豊川さんにもおっしゃっていただいていたので、すごくうれしかったです。
――では、豊川さんに助けられた部分も大きかったですか?
妻夫木:豊川さんはどの現場でもみんなが頼りにする方だと思いますが、今回は特に豊川さんの精神的な強さがこの作品のバランスを保つ太い幹となっていました。豊川さんがブレずにいてくださったからこそ、地に足を着けながらこの作品が前を向いて歩いていくことができたんだろうと思います。
――それを聞いて、豊川さんはいかがですか?
豊川:自分ではそんな大したことはしていないつもりですが、そう言ってもらえるのは本当うれしいです。ブッキーは、僕にとって照れずに一緒に仕事ができる稀有(けう)な存在。というのも、僕は自分の好きな人といざ顔を合わせて仕事をするとなると、ちょっと恥ずかしくなっちゃうところがあるんですよ。でも、彼が持つフラットさのおかげで、ふーっと芝居に入っていける安心感がありました。だから、僕は本当に彼がすごく好きですし、とてもいい俳優さんだと思っています。前回共演したときとは違って、今回は非常にシリアスな作品でしたけど、それはそれですごく楽しかったですね。
――監督はおふたりとの現場を振り返ってみて、どう感じていますか?
半野:僕は監督としてはまだ2作目なので、いろいろと悩んでいたところもありましたが、今回はおふたりと一緒に話し合いながら作り上げることができました。アクションシーンでも、僕よりおふたりの方がいいアイデアを出してくれたので、僕も積極的に相談することができたと思います。
――それでは最後に、仕事をするうえで一番大事にしていることを教えてください。
妻夫木:うまくやることを意識しすぎると、うまくいかなかったりするじゃないですか。だから、多少失敗してもいいから自分自身が楽しんで、自由であることは大事だなと、最近感じるようになりました。下手でもいいから、楽しんでやることの方が人に伝わることが多いんじゃないかなと思います。
半野:僕もそれに近いですが、自分自身が進んでやったことが間違いだと言われても、実は間違いではなくて、それがその人の個性や存在価値。なので、「正しいからそれをする」ということではなくて、「自分がいいと思うことをやる」ということが一番正しい道なんじゃないかなと感じています。
豊川:僕もとにかく楽しむことですね。もし、楽しくなければ楽しい振りでもいいんですよ。結局はそういうことが仕事をするときには、すごくパワーになると思うので、それに尽きると思います。
出演:妻夫木聡、豊川悦司、ニッキー・シエ、カイザー・チュアン、マイケル・ホァン、大鷹明良ほか
監督・脚本・音楽:半野喜弘
音楽:坂本龍一
配給:ハーク
7月27日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
【ストーリー】
ある事件をきっかけに日本を離れ、身を隠すように台北で生きていた男・島。ある日、お調子者でなれなれしい男・牧野が現れ、意味深な発言をする。牧野が何者かに命を狙われていることを知った島は、牧野を連れて台北から花蓮へと逃げるのだった。たどり着いた先で、シャオエンという女性と運命の出会いをする2人。それによって、牧野と島の閉ざされた過去が徐々に明らかになっていく……。
(取材・文 志村昌美、写真 厚地健太郎)
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