潜入アフリカ紛争地 イスラム過激派と戦うマリ自衛団

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

マリ中部の伝統的な狩人が結成した自衛団がオートバイで集合した。イスラム武装勢力から村を守るため組織しているが、フラニ族の人々を無差別に殺しているとの非難も受けている(PHOTOGRAPH BY PASCAL MAITRE)

アフリカ、マリ共和国。世界遺産トンブクトゥでも知られる、この国では、イスラム勢力の台頭で衝突が絶えない日々が続いている。ナショナル ジオグラフィック誌で活躍するフランス人写真家パスカル・メートル氏がマリ中部に入り、マリの現状を写真と文でレポートする。

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マリの首都バマコから中部の街モプティへの道を、これまで私は何度も行き来していたが、2019年初めに訪れたときは様子が違った。

バマコを出て500キロ弱の間に通過する街はいずれも見慣れた活気ある風景だったが、最後の150キロほどはほとんど人の姿がない。新しい建物が目に入ったが、軍の前哨基地だった。

マリ中部のこの一帯は、情勢が悪化している。ここではイスラム過激派の活動が今も活発だ。17年にニジェールで米軍兵士4人を殺害したイスラム武装勢力も、ここマリ中部を拠点にしていた。武装勢力は現地のフラニ族から人を募ったことで、バンバラ族とドゴン族が自衛結社を組織し、民族間抗争に発展している。

運転手は時間を心配していた。午後6時以降、都市や村々の間を移動するのは厳しく禁じられている。ようやく、モプティのすぐ東にある人口約4万人の町、セバレに到着した。セキュリティーのしっかりした「ホテル・フランドル」が、2週間の滞在の拠点となる。

ジェンネにある有名な「泥のモスク」付近を巡回する軍用トラック。この街の歴史は3世紀までさかのぼることができ、1907年に完成したモスクは建築の傑作とされる(PHOTOGRAPH BY PASCAL MAITRE)

翌日、私は衝突が多発している街を訪れた。バンディアガラはドゴン族が暮らす土地で、崖にしがみつくようにたくさんの集落がある。私が着くやいなや、イスラム武装勢力に加わったフラニ族がドゴン族に対して行った虐殺について、村人たちが話し始めた。攻撃に対してどう自衛するかについても説明してくれた。あるレストランでは、13年以前には毎日150人の旅行者が昼食を取りに来たのに、今や1人も来ないという話を聞いた。

この地域が紛争に苦しみ始めたのは、マリの北半分に住むトゥアレグ族が分離独立を目指した、12年の紛争以降のことだ。だが、すぐにイスラム勢力がその領域を乗っ取り、シャリーア(イスラム法)を強制した。13年、乗っ取られた地域の奪回を支援するためにフランス軍が到着し、イスラム勢力は制圧した都市から排除された。

コンナの有志住民たちは2016年、軍や警察は安全を守ってくれないとして、「デルタ即時対応軍」を結成した。なたで武装した30人ほどが毎晩巡回する(PHOTOGRAPH BY PASCAL MAITRE)

私は、自衛のために伝統的な狩人が組織する秘密結社「ドゾ」のメンバーに会えるよう手配した。多くの村にドゾがあり、今ではその一部が武装して民兵のように組織されている。19年3月23日には、ドゾの1つ「ダン・ナ・アンバサグー」(Dan Na Ambassagou)が、オゴソグーの村でフラニ族150人近くを殺したという話も聞いた。

滞在中、私は日程の大半をホテルで過ごし、取材の準備をしていた。写真撮影のときだけ外に出て、すぐにホテルに戻った。状況は非常に緊張している。アルカイダとつながりがあるイスラム勢力「ジャマーア・ヌスラ・アル・イスラーム・ワル・ムスリミーン(イスラムとムスリムの支援のための集団)」が、モプティ、ジェンネ、セバレ周辺で活動している。欧米のジャーナリスト、特にフランス人は格好の人質にされる。姿を見られず、極めて慎重にしていることが最善の策だ。

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