新たな道探し続けて友達1000人超 ルネサンス斎藤会長

「モーレツ」時代に余暇を重視した生活を守った

落語同好会が発展する形でカルチャースクールを手がけた。首都圏でも7~8カ所まで増えたが、「もちろん本業はしっかりやっていたが、今風に言えば、副業みたいなものかな」(斎藤氏)。73年に石油危機が襲い、低成長時代を迎える一方、団塊の世代が台頭してレクリエーションという概念も浸透してきた。「団塊の世代の3年ほど先輩なので、私が興味を持つことが流行する傾向にあった」と分析する。

バブル崩壊後、スポーツクラブにシニア呼び込む

DICは「川上」分野から、消費者に近い「川下」に事業分野を広げようとした時期だった。新規事業案としてテニススクールを提案すると、会社はゴーサインを出した。同社が独自開発したウレタン樹脂はテニスコートやスポーツシューズの原料としても活用される。スポーツ事業はPR効果があると判断されたからだ。79年に千葉県の幕張にインドアテニスコートを開設。テニスを基点にスイミングスクールやトレーニングジムなども次々に設置し、総合型フィットネスクラブに変身させた。

「当時は大企業がスポーツ事業をやるなんて珍しかったこともあるが、私が講演すると、様々な企業関係者が聴きに来てくれた」と話す。工場の遊休地の活用が課題に上がっていた時期で、「うちがスポーツ施設を建てるので企画・運営はお願いできないか」という問い合わせが次々舞い込んだ。ハードは相手方の企業が提供し、ルネサンスがソフト・サービスを手がけるモデルが生まれ、その後直営に切り替え事業は飛躍した。

しかし、90年代初頭にバブル経済が崩壊。20代など若年層が中心の顧客だったスポーツクラブも、新たな市場開拓に迫られた。斎藤氏が目をつけたのはシニア層。高齢化社会の到来で、健康寿命の維持に関心が集まった。94年、ルネサンスの会員の50代以上の比率は11.5%しかなかった。そこでシニアに優しい施設づくりを進めた。プールにはハシゴで上り下りするだけではなく、階段をつけるなど細かな配慮をした。その後、病気予防の観点からもシニア層のスポーツクラブ需要が高まり、2018年の同比率は52.1%と過半数となった。

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