燃焼し切って独走トライ チーム作り、撮影の現場でも
俳優・高橋克典さん
青山学院中等部でラグビー部に所属した高橋さんは、ケガをきっかけにプレーから離れることになるが「エネルギーを使い切る、燃焼しきる経験は本当によかった」と語る。18年秋放映のNHKドラマ『不惑のスクラム』にも主演。ラグビーのチームづくりは撮影現場にも生きるという。
――ラグビーを始めた理由は。
「周りにいたラグビー部の友人が楽しそうだったのと、テレビドラマの影響がありました。中村雅俊さん主演の『われら青春!』。かっこいいというより、群像劇がよかったんですね。ラグビー部には、なんだかとても楽しいことがあるように思えて。仲間の存在、みんなでやる、そんなところが気に入ったような気がします。僕のうちは音楽一家だったんですけど、反対はされなかったです。勝手に入っちゃったし」
――入部してみて、どうでしたか。
「精いっぱい走って、全身でぶつかる。本能ですよね。突進力。相手にぶつかっていくんだけど、だれにも文句いわれない。コントロールするんだけど、コントロールしないで行く感じ。そういうのがすごく楽しかった」
「ポジションは(俊足が多い背番号11の)左ウイングか(最後尾に立つ15番の)フルバック。当時、50メートルを6秒台で走っていたので、ボールをもってがむしゃらに走るという役割でしたね」
――忘れられない自分のプレーは。
「どことの試合だとか細かいことは全部忘れましたけど、初めてウイングとして独走トライしたときは気持ちよかったですね。最後にボールをもらって、外に膨らんで、相手のウイングを引き離して、競り勝った。うれしかったもん」
――ケガをされたときのことを。
「中2のときの公式戦で、スピードに乗って抜けてきた相手のウイングにタックルに入ったんですよ。そのとき相手の膝がちょうど左の顔面に当たって鼻骨骨折。上の方の骨が陥没して、中に入っちゃった。本来タックルに入るべき向きと逆に入っちゃったんですよね。手術して2、3週間入院しました。初めてのケガで、プレー中に低いタックルに行けなくなっちゃったんですよね」
「それから(高等部1年まで)1年半くらい頑張ったんですけど、なんだか体が動かなくてやめてしまいました。やっぱりケガの恐怖から立ち直りきれなかったのはあると思う。チームメートに迷惑もかけたし、信頼してくれた先輩たちもいたので、すごく悪いなあと。あそこを乗り越えられていたらという気持ちがかなりあって、だから逆にラグビーへの思いが残っちゃっているというかね。関心はずっとあるんですよね」
――ラグビーをやってよかったと。
「そうですね。あそこまでエネルギーを使い切る、燃焼しきる経験ができた。ラグビーをやって本当によかったなあと思いますね。人生でなかなかない気がする。僕の知っているところでは撮影現場くらいかな」
「しばらく試合も全然見なかったんです。今の世界に入って、だいぶ歩けるようになってから、自分のルーツみたいなものをふと振り返ったときに、ラグビー楽しかったなあ、というのがあって。35、6歳くらいかな。まず母校の青山学院大ラグビー部を応援しようと秩父宮ラグビー場に行くようになりました。ひとりでふらっと来たこともあります」
――ラグビーの経験が芸能活動に生きることはありますか。
「作品をつくるときの撮影現場は、やはりチームなんですよね。大勢がかかわって、ひとつの作品、面白いものをつくろうと。それは完全にラグビーと同じ感じですよね。自分が主役をやるときでも、スター選手のような意識がないというか、全員でやるんだ、というのはすごくありますよね。ドラマ『不惑のスクラム』のときも、毎回1人ずつを主役にして、縦線のように僕がいるというのがいい、それがラグビーっぽいんじゃないかと提案しました」
――数え年で40歳以上の草ラグビー部が登場しました。撮影に協力した実際の選手たちを見てどうでしたか。
「驚きましたね。60代、70代、80代までいて、平気でガンガン走って、当たってくる。手加減されると臨場感がなくなるからと言うと『え、いいの』と。『いいよ、いいよ、こっちだって鍛えてるんだから』と答えたら、喜んでおじいさんたちがぶつかってくるんです。すごかったですよ」
――ドラマには前回W杯で日本代表が強豪・南アフリカに勝利したシーンも出てきました。実際はどこで観戦していましたか。
「家でひとり、友達と連絡を取りながらテレビを見てましたけど、信じられない瞬間でした。(同点引き分けではなく逆転勝利の可能性にかけて)スクラムを選んだ一瞬、鳥肌が立って、涙が出てきて、本当に力が抜けたような感じになって。勝利の瞬間ではなく、あのスクラムを選んだ瞬間が日本ラグビーの大きな転機でしたよね」
――W杯にのぞむ日本代表にはどんな期待を。
「やっぱり優勝をめざしていきましょうよ、と。1次リーグは2位でいいから、決勝トーナメントにあがってほしい。(強豪国に比べて見劣りする)体格をカバーするような、ジャパン(日本代表)らしいオリジナルなラグビーを期待しています。相手の裏をかき、先へ先へ攻撃をしかけ、出し抜き、翻弄していくのを見てみたいなあ。そんな簡単にはいかないんだと思いますが」
――特に応援している代表選手は。
「松島幸太朗選手(フルバック、ウイング)。彼は体が小さくて、相手にはじかれちゃうときもあるんですが、それでも突破しようとタテに行くじゃないですか。あの気概がすごくいいですよね。はじかれても、なんてことないという感じで、へこまない。それでこそラグビー選手、という感じがしますよね。インタビューしたこともありますが、とてもストイックな印象でした」
――女性を含めラグビーのここを見てほしいという点はありますか。
「なかなか最近の世間にはいない、男くさくて頼れる猛者たちがたくさんいて、ワーッと力をぶつけあう面白さ、力強さをぜひ感じてほしい」
「僕はこういう世界にいるので、少し選手のタレント性をあげたいなという思いもあります。ファンサービスというか、選手たちを演出していくことで、ラグビーをもっとオープンな感じにしていけるのではないかと。怒られるかもしれないけど、すごく歯がゆいなと思っています」
――子ども時代にラグビーを体験することをどう思いますか。
「情操教育にはとってもいいと思うんですよね。自分自身がそうだったので。厳しいスポーツだからこそ仲間を必要としたり、仲間のために頑張ったり。自分ひとりで生きているわけではないことを学ぶには、とてもいいんじゃないかな」
「僕はラグビーを途中でやめちゃってるから、なんとなく当時の仲間に負い目を感じているんですけど、彼らには言われるんです。『それ一番気にしているのはおまえだ。周りはそんなに気にしてないぞ』って」
1964年12月横浜市生まれ。青山学院に初等部から在席し、同大経営学部中退。1993年の歌手デビュー後、俳優としても活躍。『サラリーマン金太郎』『特命係長 只野仁』『課長 島耕作』など人気テレビドラマシリーズや映画への主演多数。2018年のNHK『不惑のスクラム』では、ラグビーとの再会によって人生に光を見いだす中年の主人公を好演した。19年8月刊行の『ラグビー日本代表の挑戦を見届けろ!』(週刊女性臨時増刊)に対談で協力。同10月には朗読劇『ラヴ・レターズ』への出演も予定している。
(聞き手 天野豊文 撮影 五十嵐鉱太郎)
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