
鍵を握るテイスティングは社長の河野遵さんと杜氏(とうじ、醸造責任者)の秋田徹さんが担当する。ウイスキーのブレンダーにも似た作業が繰り広げられる。極めて微妙な味の違いを見極める能力があるのだろう。遵さんの長男で、見習い中、と謙遜する道大さんは「だれよりも惣誉の味を知り抜いている2人ですから」と笑う。舌の力が品質を支えている。
面白いのは「地元の人が飲み飽き、飲み疲れしない酒にするためには、味が変わってはいけません」という考え方だ。「惣誉」になじんだ飲んべえが安心して飲めるように、変化する誘惑を断ち切って、味わいの連続性を優先する。一見(いちげん)さんの顔色をうかがうことはない。
「地元の飲食店では今も、日本酒といえば『惣誉』。飲酒人口の減少に直面しているのは事実ですが、それでも栃木の地盤は崩したくありません」。テイスティングによってブレンドの比率が決まると、ビンを開けて酒をタンクに戻し、しばらくなじませてから、出荷用に改めてビン詰めする。
ところで、平成30醸造年度(2018~19年)、全国新酒鑑評会の金賞を受賞した酒蔵のうち、最も長い期間、連続受賞しているのは「高清水」の秋田酒類製造・御所野蔵(秋田県)と「黄金澤」の川敬商店(宮城県)。16年連続となった。惣誉酒造はこれには及ばないが、関東(1都6県)では最も長期にわたって連続受賞している。

「金賞の宣伝効果はどのくらいかわかりませんが、鑑評会は技術の研さんのためにはとても重要です」と道大さん。2014年には杜氏が、70代半ばに達した阿部孝男さんから秋田さんに交代した。杜氏は30歳近く若返った。金賞の連続受賞が途切れる要因の一つに杜氏の交代がある。だが惣誉酒造は無事に乗り切った。
「技術の伝承がうまくいっている証しではないでしょうか」。秋田さんは15年間、阿部さんの下で酒造りを学んだ。杜氏を社員として通年雇用するのが主流になり若返りが進む中で、長期間、ともに働き技術を継承する例は少なくなっている。金賞の連続受賞は、杜氏以下12人の造り手の間で技術の継承と、酒造りのコンセプトの共有がなされていなければ実現しないだろう。阿部さんは80歳近くになった今も顧問として、醸造期には蔵を訪れるという。
鑑評会に出品する酒が華やかな吟醸香をまとい、適度な甘みと軟らかいのどごしを感じさせるのに対して、「惣誉として、らしさを表現している酒は別にあります」と道大さん。その代表格が「惣誉 生酛仕込 純米大吟醸」だという。兵庫県三木市の特A地区で収穫した山田錦だけを原料米に使った、「エレガントな生酛」だ。
生酛造りは、酒のもととなる酒母に乳酸を添加する「速醸酛(そくじょうもと)」ではなく、乳酸菌による発酵で乳酸を得て雑菌を殺し酵母が存分に活動できるようにする。その過程の違いから、肉料理や酸味の強い食材にも負けない骨太な酒質になるとされる。乳酸発酵を待つ分、酒母造りには4週間ほど余計に時間がかかるという。