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イチローズモルト造った肥土さん 父との葛藤と和解

2019/7/19 日本経済新聞 夕刊

1965年埼玉県秩父市生まれ。88年東京農大卒。サントリーを経て、94年に家業の東亜酒造入社。2004年ベンチャーウイスキー設立。英国の「ワールド・ウイスキー・アワード」など受賞。

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回はイチローズモルトで高い評価を得たウイスキーメーカー、ベンチャーウイスキー(埼玉県秩父市)社長の肥土(あくと)伊知郎さんだ。

――お父様は、低価格の日本酒や焼酎を造っていた東亜酒造の2代目社長でした。

「無口で親しみやすいタイプではなく、子どもにとっては近づきがたいものがありました。でも映画に連れて行ってくれるなど優しいところもありました」

「サントリーに入社して7年ほどたったとき、父から『経営が思わしくないので手伝ってほしい』と言われて東亜酒造に入社しました。業績は思った以上に悪くなっていました。自分には、父が景気のせいにして現状を変えようとしていないように見えました。価格戦略の見直しなどを意見しても、理解してもらえない日が続きました」

――東亜酒造は2000年に民事再生法を申請します。

「父は車で債権者に説明に向かう途中、下血して入院。自分が説明責任を背負わざるを得ませんでした。大事なときにいなくなるなんて、と父に対する否定的な思いはありました。実家に戻ったのは人生最大の間違いだったのではと、自分の立場を恨みもしました。父にかわり私が社長になってから、関西の企業に事業譲渡が決まりました」

「その譲渡先から、東亜酒造の羽生蒸溜(じょうりゅう)所で造ったウイスキーの原酒を廃棄するよう言われました。この原酒を救いたい、世に出すんだ、という思いでベンチャーウイスキーを立ち上げました」

――その原酒から製品化した「イチローズモルト」は高い評価を得ています。

「今年、英国の権威ある『ワールド・ウイスキー・アワード』を受賞したブレンデッドにも、羽生の原酒と自分が造った秩父蒸溜所の原酒が入っています。父が原酒を残してくれたからといえます」

――秩父蒸溜所は07年の完成ですが、お父様が初めて訪れたのは16年の元旦とか。

「正月などに会っても、わだかまりもあってあまり会話はありませんでした。でも自分も会社を経営して、父の大変さが分かるようになりました。父を恨んだり憎んだりといった気持ちが収まってきて、『そういえばオヤジ、蒸溜所を見てないんだよな』と気付いて連れて行きました」

「相変わらず無口で、『樽(たる)がいっぱいあってすごいな』とかたわいないことしか口にしませんでしたが、別れ際に『本当にいいものを見せてもらった』と言ってくれたのが印象に残りました」

――和解を象徴するようなできごとですね。

「そうなんでしょうね。父は今年89歳。私も海外出張に行ったら土産物を買うのですが、届けるのを口実に会うのが楽しみになりました」

――ウイスキーの出来栄えについて、お父様は何と。

「実は父はお酒をほとんど飲まないので、感想をきちんと聞いたこともじっくり杯を交わしたこともないんです」

[日本経済新聞夕刊2019年7月16日付]

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