伊フランチャコルタ 多彩な個性育む世界一厳しい製法
エンジョイ・ワイン(15)
イタリアのスパークリングワイン「フランチャコルタ」が短期間で最高級の評価を得たもう一つの大きな理由は、製法に関する厳しい規定だ。ただ、規定さえ守れば、あとはどう造ろうと生産者の自由。そのため、一口にフランチャコルタと言っても、多様な味わいがある。いろいろなフランチャコルタを飲み比べながらお気に入りの1本を見つけるのも、楽しみ方の一つだ。
「フランチャコルタの規定は世界一厳しい」。現地で、生産者から何度も聞いたフレーズだ。ライバル視するフランスのシャンパンを念頭に置いたその短い言葉に、フランチャコルタの生産者の自信とプライドが凝縮されているように感じた。
欧州の主要なワイン生産国はワインの品質を維持・保証するため、昔から産地ごとに、原料ブドウの種類や栽培方法から、発酵の仕方、出荷前の熟成期間に至るまで詳細な規定を設けている。生産者はそれらを順守しなければならない。
フランチャコルタも例外ではない。例えば、使用できるブドウはシャルドネ、ピノ・ネーロ、ピノ・ビアンコ、エルバマットの4種類だけ。しかも、複数のブドウをブレンドする場合、ピノ・ビアンコは50%、エルバマットは10%を超えてはいけないなど、さらに細かい規定がある。また、1ヘクタール当たりの収穫量は12トンまで。単位当たりの収量が多すぎると、一粒一粒の糖度が下がるなどして、ワインの質の低下につながるからだ。
発酵の方法も同様。スパークリングワインは通常、ブドウを発酵させて造ったワイン(ベースワイン)に、酵母と、酵母の栄養となる糖分などを加え二次発酵させて造るが、フランチャコルタはその二次発酵を、ベースワインを入れた瓶の中でしなければならない。タンク内で二次発酵させるより高い技術が必要でコストもかかるが、そうしないと焼き菓子やトリュフをイメージさせるような独特で複雑な風味が出てこないからだ。
だが、瓶内で二次発酵させるのはシャンパンも同じ。フランチャコルタの生産者が「世界一厳しい」と強調するのは主に、二次発酵後から出荷するまでの熟成期間に関する規定についてだ。
例えば、生産量の最も多いスタンダード・タイプの「フランチャコルタ」は、最低18カ月の瓶内熟成が義務付けられている。これに対しシャンパンの同タイプは最低15カ月。ロゼ・タイプや、ガス圧が5気圧未満と低くエレガントな味わいの「サテン」は最低24カ月とさらに長い。瓶熟成の期間が長いほど、風味が濃厚になる。
フランチャコルタの各生産者はこうした厳しい規定をクリアした上で、様々なやり方で個性をアピールしている。
例えば、年間45万本を生産する「ラ・モンティーナ」は使用するブドウは高級品種と言われるシャルドネとピノ・ネーロだけ。ピノ・ネーロはピノ・ノワールのイタリア名だ。オーナー一族で、輸出とマーケティングを統括するミケーレ・ボッツァさんは、「ピノ・ビアンコには凝縮感を弱める効果しかない」ときっぱり。最近使用が認められたエルバマットは試験的に使い始めているワイナリーも多いが、それに関してもボッツァさんは、「使う予定はない」と明言する。
ブドウ品種にこだわったラ・モンティーナのワインはどれも、引き締まった酸味を感じた。ボッツァさんは「それがうちのスタイル」と誇らしげに話した。
年間150万本を生産する大手の一角「カデルボスコ」は建物の屋上から醸造タンクが並ぶ施設の中まで、至るところにアート作品が展示され、まるで丘の上に立つ美術館の雰囲気。ゲスト用のヘリポートまである広大な庭の一角には日本風の庭園があり、池にはチョウザメがうようよいた。
余談だが、フランチャコルタ地方のある北イタリアのロンバルディア州は、養殖キャビアの産地としても有名。キャビアにはシャンパンが合うとよく言われるが、現地では、キャビアにフランチャコルタを合わせて楽しむ人が多いようだ。
1990年代半ばに地元の大企業が資本参加したカデルボスコは最新のテクノロジーを活用したワイン造りに取り組んでいる。一例が10年ほど前に設置した、世界的にも珍しいブドウ洗浄機だ。
収穫したブドウはすべてこの洗浄機を通し、乾かしてから発酵タンクに送り込む。皮の表面に付着した雑菌などがきれいに洗い落とされるため、発酵が安定。また、雑菌の繁殖を抑える効果はあるが摂取量が多すぎると人体に有害とされる亜硫酸塩の添加量を、必要最小限に抑えることができるという。
それを証明するかのように、現地で試飲した同社の最上級銘柄「アンナマリア クレメンティ2009」のボトルには、「総亜硫酸塩53mg/L(欧州連合の規定は最大185mg/L)」と印刷されていた。日本でも欧米でも、亜硫酸塩は表示義務があるため、亜硫酸塩を添加したワインは原則ボトルに「亜硫酸塩含有」などと表示される。しかし、数値まで明らかにしているワインは初めて見た。
洗浄の効果からか、カデルボスコのワインはどれも、果実のピュアな香りが心地よく、口当たりはソフトでなめらか、味わいにふくよかさと長い余韻を感じるスタイルだ。
そんな多様なスタイルを持つフランチャコルタを、もっと気軽に味わってもらい、その魅力を知ってもらおうと、生産者らで作るフランチャコルタ協会は7月31日、東京・銀座の阪急メンズ東京店内に、日本初の「フランチャコルタ・バー」をオープンする。常時10種類の様々なタイプのフランチャコルタをそろえ、グラスで1杯1200円から提供する。
フランチャコルタの年間生産量は1600万~1700万本台で、3億本を超えるシャンパンの20分の1程度。しかも、イタリア国内での消費が大半で、輸出は極めて限られている。そうした量の少なさも影響し、日本では大手生産者の最も安いタイプでも、1本3000円台で、高級銘柄になると同1万円を超える。必ずしも、気軽に飲めるスパークリングワインとは言えないのが現実だ。バーを開くのは、そうした敷居の高さを少しでも低くする狙いもある。
日本のワイン愛好家にとっては、生産者側の事情は何であれ、イタリアが誇る最高級スパークリングワインがより身近に楽しめるようになることは、願ったりかなったりだ。フランチャコルタの魅力を肌で知れば、ワインライフもより充実したものになるに違いない。
(ライター 猪瀬聖)
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