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ブックコラム

「暮らしの中に科学見つけよう」 作家・池澤夏樹氏

2019/7/18

科学の進歩が
どんな影響をもたらすかは
実は誰にも分からない

――確かに、スマートフォンやVRゴーグルなど、仕組みが全く理解できないままテクノロジーの恩恵だけを消費していると感じることが私自身も増えています。科学が日常から遠ざかることで、人々の暮らしにはどのような影響が出ているのでしょうか。

身辺に「生の素材」がなくなり、耳に入ってくる音の半分がヘッドホンから――というのが生活の当たり前になってしまった。本来的に人間と自然は五感でつながっているものだから、切り離されると不安になるのではないでしょうか。科学は自然のすぐ隣にあったはずなのに、今や経済や工学の隣にあるように感じます。

僕には、人々の日常と科学との間を埋めたいというノスタルジックな思いがあるんです。

子供たちが自然から遠いところで、科学的な思考を学ばないまま育っていくことを嘆くべきかどうかは分からないし、現実がこうなってしまった以上それを受け入れるしかないことも分かっている。でも、「捨ててもいいけど、何を捨てたかぐらいは覚えておこうね」と静かに愚痴っている、といった感じでしょうか(苦笑)。

――「科学の進歩は、人間を幸せにするとは限らない」との指摘も印象的でした。

科学の進歩と人間について、僕はよくこんな例え話をします。「我々は後ろ向きの方向に座って汽車に乗っている。来た道は見えるけれど、向かっている先は見えない。運転手にも行き先は見えていないし、この先に線路があるかどうかも分からない」と。人類の歴史はこれまでずっとそうだった。でも現代は、汽車のスピードがものすごく速いんです。

一つひとつの科学技術はどういうものか分かっていても、それらを組み合わせたり、現実に利用したりした時にどういうことが起きるのかは誰にも見えていない。原子力がいい例ですが、人間の手に負えないと気付いた時にはもう手遅れなんです。

――活用が広がるAI(人工知能)が暮らしや労働に与える影響についてはどう見ていますか?

AIの普及で恩恵を受けるのは雇用する側、それを利用する権力を持つ者のみだと思います。AIで人々が単純労働から解放されたとしても、そこで生まれた余暇は平等に分配されることはないのです。産業革命の時と同じように、多くの人は仕事を失い、残った人は仕事を失わないようにもっと必死で働かなくてはいけなくなる。

それを防ぐには、AIを利用する権力側、つまり政府や経済界、あるいはGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)と呼ばれる米巨大IT企業に働きかけるしかない。AI導入で余った時間を平等に配って皆の労働時間を減らせ、と。

本来は選挙を通じてそういう意思を示していくべきだけれど、今の時代は民主主義自体も危うい。GAFAは膨大なデータ分析を通じて人々が好みそうな情報を、個人を狙い撃ちして届け、流行や時代の空気もいとも簡単につくり上げてしまう。SNS(交流サイト)の大衆意見のみに耳を傾ける人には、フェイクとトゥルースの見分けすら難しくなっています。

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