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急速に進歩する科学と
人々の暮らしとの間隙を
文学で埋める

――小説や詩、評論の執筆から文学全集の編集まで、幅広いフィールドで作品を生み出してきた池澤夏樹さんの最新作は『科学する心』。科学と人間の営みにまつわる様々な考察や気付きをつづった「科学エッセイ」を執筆したきっかけは?

自分の中の8割が文学だとしたら、残り2割は科学でできていると思うぐらい、昔から科学ファンなんです。大学は物理学科に通い、中退した後もたくさんの科学の本を読み、科学系の書評も書いてきた。ここ十何年かは世界文学全集の仕事が忙しくてなかなか手を着けられていなかったのですが、それが一段落した2015年頃から、自分の視点で科学について改めて考え、書いておきたいと思い立ち、雑誌で連載を始めました。

――生物学者としての昭和天皇の素顔に迫ったり、生物の進化と絶滅の歴史を追ったり、南米大陸の南端パタゴニアを旅したり。まさに縦横無尽な筆致で「科学」を語り尽くしています。

実は、科学についての考えをまとめることに加えて、告白するともう一つ不純な執筆動機がありました(笑)。ミュンヘンにあるドイツ博物館に行ってみたかったんです。僕は博物館が大好き。大英博物館は十数回も通い、『パレオマニア 大英博物館からの13の旅』という本も書きました。館内ガイドもできる自信があります(笑)。

でも、ドイツ博物館はこれまで訪れたことがなく、「理工学系のものが多数収められているところ」という知識ぐらいでした。それがこの本の取材で実際に訪れて、「こんなものがあるのか」と驚きの連続。3~4日通いました。

――中でも興味深かった所蔵物は何でしたか?

日時計ですね。とにかくコレクションがすごい。展示室から続く屋上のドアを開けたら、形も設計も違う日時計がずらっと10以上も並んでいるんです。それぞれの説明を読むと、「こういう仕組みで非常に精密に時間を計れる」ということがどれも強調されている。決して単純ではない太陽の動きと指針の陰からいかに正確に時間を計測するか、その理屈をものすごく一生懸命説明しているところにドイツらしさを感じて、とても面白かったですね。

――日時計はまさに、昔から人々の暮らしの中にある科学ですね。一方で池澤さんは、日常からどんどん科学が見えなくなっているとも指摘されています。

例えば、電子レンジと昔の家庭で使っていた電熱器。電子レンジに食品を入れれば温まることは知っていても、どういう原理で発熱するかは見ても分からないでしょう? 一方の電熱器は、盤に螺旋(らせん)状に埋め込まれたニクロム線が通電すると赤くなり、熱を発していることが誰でも分かる。手を近づけると熱いと感じる。つまり、火を使って煮炊きすることの延長上の体験なんです。でも電子レンジはその延長上にはない。これはほんの一例ですが、この半世紀で科学の急速な進歩とともに人々の日常生活の表層が大きく変わり、科学が日常から見えなくなってしまっていると感じています。

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